少し離れた立ち位置から、この「あなたのためを思って」を巡る関係性を整理してみます。

 まず、言う側の人はたいてい「上の立場」の人です。

 管理職、上司、教師や指導者、親がほとんどでしょう。その人たちには「正解を知っている人」であり、「能力を持ち合わせている人」だという自負があります。そのため、相手の不足や欠陥がつい目についてしまいます。相手の様子や言動を自身の基準に照らしながら「足りていない」「届いていない」という思いを強くしていき、やがて自身の揺らぎない信念になっていくこともあり得ます。

 次に、言われる側の人は「弱い立場」であることが多いです。

 子どもやその保護者、部下など管理される側にいます。弱い立場にいると「いやいや、それは違いますよ」とはなかなか反論できません。自分の至らなさを責めてしまう人もいるでしょうし、表向きは従順にふるまいつつも「おまえに何が分かるというのか!」と唇をかみしめている人もいるはずです。

意識的に相手を
無力化させようとする

 教師や指導者の中には、自身の指導によって、相手(子どもや部下)が変化や向上の兆しを見せることを強く期待したり、指示や命令に応じるように強く求めたりする人がいます。

 こうした教師たちの手口はおおむね以下のようなものです。

 まず、自身の期待に応えようとする子どもをかわいがり、ひたすら承認・賞賛します。その一方で、求めに応じようとしない子どもやためらっている子どもに対しては、徹底的に否定・非難します。こうすることで、集団内での制裁を容認する雰囲気をつくります。

 このような手法を「サンクション(sanction)」と言います。これは、「承認」と「制裁」という対になる両側面を含んだ用語であり、「社会や集団のメンバーが是か非かの一定の反応を示すこと」を意味します。

 この手法を用いることで、指導者は自分都合の「集団内の規範」をつくり上げることができ、そこから逸脱する行為に対して、周囲から心理的・物理的圧力が加えられることを容認していきます。いわば「つるし上げ」や「見せしめ」をつくることで、「ムラ社会」における「村八分」のような状態をつくり上げる方法だと言えます。