フェミニズムはこのように社会が作り出した男女の不平等を批判し、奪われた女性の権利を回復しようとする思想だといえます。もっとも現代のジェンダー論は、もはや「男性/女性」という二分法だけでは語れないことを明らかにしています。人の性は生物学的な性差だけでなく、社会、文化的に形成されるものであり、性自認や性的指向の多様性を含んでいるからです。

 したがって、本当の意味で平等な社会を目指すためには男女の差を超えて、人がそれぞれのあり方のまま尊重される関係性を築くことが求められています。その上で僕は自己ニーズ(編集部注/他人からの評価ではなく、自分にとって意味があるという実感)を認め合える、つまり尊厳を認め合える社会を望んでいます。

今の社会に必要なのは
自立のロジックを弱めていくこと

 しかしイリイチ(編集部注/オーストリア人の哲学者)は少し異なる視点も持ち合わせています。イリイチの言うように近代社会は他者ニーズを満たすために自らの労働力を商品化し、それによって自立を達成するというあり方を強め過ぎてきました。

 つまり僕たちは働くことや生きることを、他者の期待に応えること、あるいは市場での交換価値を生み出すこととほとんど同義にしてしまっているのです。だからこそ、今必要なのは市場原理による自立のロジックを少しずつ弱めていくことです。この上で、イリイチは次のように述べています。

《産業社会が存立するためには、単一の性の前提が押しつけられねばならない。男性も女性もともに同じ労働=仕事ができるようにつくられており、同じ実在知覚をもち、些細な外見上の違いはあっても、ニーズは同じであるというのが、この前提である。

 そして経済学にとって根本的な、稀少性=欠如性の前提は、それ自体論理的にいってこの単一の性の公準に立脚するものである。

〈労働=仕事〉が性に関係なく人間にふさわしい活動だと定義されていなかったなら、男と女のあいだに〈労働=仕事〉のための競争などありえないであろう。

 経済理論が依拠している主体とは、まさしくそのようなジェンダー不在の人間なのだ。》(イヴァン・イリイチ著、玉野井芳郎訳、『ジェンダー』岩波現代選書、1998年 9頁)