男系男子の皇統を守ることで
権力者が享受する恩恵

 昭和天皇の弟で、歴史学者の三笠宮崇仁親王は「神武天皇即位の日」として戦前の祝日だった「紀元節」(現在の建国記念の日)を復活させる動きに反対した。その際に「歴史研究者として、架空の年代を国の権威をもって国民におしつけるような企てに対しあくまで反対する」と述べたという(朝日新聞 2016年10月27日)。

 また古代以降、天皇は時の権力者によってさまざまな形で利用され、時には流刑などの憂き目にあってきた。長い皇室の歴史の中では、遠い血筋から即位した天皇もいる。

 日本人の多くは、こういう天皇の歴史を学校教育や教養として、なんとなく理解をしている。なので保守系政治家が唱えるような「男系男子による皇統」にこだわる人は少ない。

 陛下が会見でおっしゃられたように、「国民の幸福を常に願い、国民と苦楽をともにする」ということにこそ「象徴天皇」の存在意義があると国民は感じている。だから女系天皇や女性天皇に賛成する人が多数を占め、愛子天皇待望論が盛り上がっているのだ。

 しかし、そんな「民意」と180度真逆の主張をするのが麻生氏らをはじめとする保守系政治家だ。

 選挙では「我々は民意の代弁者」などと言うわりに、このような国民の声を無視して「万世一系」「男系天皇」と叫んでいる。

 では、天皇のあり方についての意識が、国民と政治家でここまで大きくかけ離れてしまうのはなぜか。いろいろな意見があるだろうが、根本的なところでは、政治家が大衆を統治していく際、天皇が「2600年続く世界最古のやんごとなき血筋の一族」のほうが何かと便利だからではないかと思っている。

「貴様!保守政治家を侮辱する気か」とハラワタが煮えくり返っている人も多いかもしれないが、日本の近代史を振り返れば、時の権力者たちが「天皇の権威」を国家運営に利用してきたのは、動かし難い事実だ。

 わかりやすいのは、麻生氏の高祖父の大久保利通である。

 ご存じのように、大久保は西郷隆盛や岩倉具視とともに明治維新の中心的な人物だが、言ってしまうとこれは「軍事クーデター」なので、新政府をつくったところで、下級武士に過ぎなかった大久保らに全国の大名や庶民が素直に従うわけがない。

 そこで大久保がやったのは「天皇」の政治利用だ。1867年、15歳だった明治天皇を担ぎ上げて「王政復古の大号令」を発して「諸事、神武創業の始めに基づき」と高らかに宣言をした。

 つまり、徳川300年の天下泰平の世の中で、天皇の存在をあまり気にかけていなかった日本人の意識をリセットして「日本=神武天皇から続く神の国」というリブランディングを始めたのである。

 この大久保らが進めた「天皇の神格化運動」によって、明治政府の政治家は「太古の昔から続く神の系譜である天皇に政治権力を取り戻した忠臣」というお墨付きを得て、国民も従うようになった。

 ちなみに皇統の連続性や男系継承を重んじる考え方を「万世一系」や「男系男子継承」として近代国家の法制度と結びつけ、強く制度化・政治理念化したのは明治国家だった。現在、皇室にまつわる議論で唱えられている「伝統」の多くもこの時生まれたものである。

 この「天皇の神格化」を用いた国家運営は、敗戦によって一度は終焉を迎える。しかし、その後に戦後復興を進めた政治家も官僚もすべて戦時体制下でこのスキームを用いていた人々なので、喉元過ぎればなんとやらで、しばらくすると大久保スタイルで「天皇の神格化」をしれっと進めていく。