スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

リーンキャンバスを記入する際の2つの重要ポイントとはPhoto: Adobe Stock

重要なのは「課題」と「顧客」

 前回に続いて、リーンキャンバスの使い方について説明しよう。

 リーンキャンバスを使ってアイデアを整理すれば、おのずと「顧客」と「課題」が論点の中心となる。リーンキャンバスの各項目に書き込む内容を、以下に簡単に見ていこう(図表1-4-2)。

1. 顧客セグメント
 顧客(カスタマー)は誰かを特定する。そのときのコツはアーリーアダプターを狙えているかどうかだ。

 アーリーアダプターは情報感度が高く、普段から課題に対する代替ソリューションを積極的に探している人だ。最初にプロダクトをローンチ(市場に投入)したときに、ダメ出しも含め、フィードバックをもらうのはアーリーアダプターと呼ばれる層になる。

 こうしたカスタマーは、プロダクトを気に入れば、周囲の人に広めてくれるエバンジェリストカスタマー(製品やブランドを熱心に他者に薦めてくれる顧客)にもなってくれる。

 たとえば、介護のソリューションを検討する場合、「顧客セグメント」のアーリーアダプターは介護に最も関心がある、親が要介護世代に差し掛かる50代などになるだろう。

 後ほど詳しく説明するが、顧客セグメントは「50代」といったざっくりしたものでなく、より具体的で臨場感があるペルソナ像を考えることがポイントだ。

「日中はパートとして働いているので、自宅に残した母のことをいつも心配し、時折自宅に連絡を入れている」といった形で想定すると、具体的なプランになりやすい。

2. 課題(課題仮説)
 想定する顧客に対し、解決すべき課題(課題仮説)はいくつかあるだろうが、重要なもの3つ程度を選ぶ。まだ顧客と実際に話す前なので、課題は仮説にしかすぎないことに留意しておきたい。

3. 独自の価値提案
 課題に対して自社のプロダクトやサービスで、どういった独自の価値を提供するかを書く。

 お気づきだろうが、「課題」と「顧客セグメント」は、課題検証を進める中で書き換えられ磨き込まれていく。大事なのは、目の前に顕在化している課題を整理する中で潜在課題を発見し、言語化していくというスタンスで臨むことだ。

 誰かが見つけて顕在化している課題には、既に妥当な代替策があることが多い。誰も見つけておらず顕在化していないが、顧客との対話を進める中で、ここに隠れたニーズがありそうだという潜在的な課題の候補を見つけるのがポイントになる。

 最初にアイデアのPlan Aを作り、B、C、Dとバージョンを上げていく中で、顧客仮説、課題仮説、価値提案仮説を進化させていく。

 最初の2つの「課題」と「顧客セグメント=自宅に残した母のことをいつも心配している」、すなわち「誰のどんな課題を解決するのか?」という要素はスタートアップの土台になるので、初期の段階で徹底的に検討を重ねたい。

 これが、スタートアップが想定する課題が顧客の課題と一致するCustomer Problem Fit(CPF)を実現する肝になる

すべての答えが見えなくてもいい

 以上の3項目が埋められたら、それを実現するための具体的な施策の仮説を立てていく。

4. ソリューション
 課題の具体的な解決策のうち上位3つを書く。ただし、Plan Aではユーザーに話を聞いて課題仮説が検証できているわけではないので、ソリューションの確からしさや詳細にこだわる必要はない。

5. チャネル
 顧客にリーチする経路を考える。とはいってもスタートアップにチャネル(顧客と接点を持つ経路)の選択肢は多くない。この段階では自分がターゲットにしているカスタマーとどうやって接点を増やすと直接話すことができるかを考えるといい(SNSなどでコミュニティをつくったり、イベントを開催したりすることが有効だ)。

6. 収益の流れ
 収益モデルを書いてみる。実際にビジネスとして成り立ったときに、どのような課金形態になるのかを考えてみる。また、どれくらいの単価で、どれくらいの顧客ボリュームに提供するのか、LTV(顧客生涯価値)はどのくらいになりそうか、その結果、粗利益はどれくらいかの想定を書く。

7. コスト構造
 顧客獲得コスト、流通コスト、ホスティングコスト、人件費など、プロダクトを市場に出すまでにかかるコストをリスト化する。初期費用として膨大な設備投資が必要となるフィンテックやバイオテクノロジーなどのビジネスモデルでは、重要な要素になる。

8. 主要指標
 スタートアップがPMFに到達するまでに、計測するべき定量的指標は何かを想定する。Plan Aの時点では正確な指標を明確にするのは難しい。汎用的に使える指標としてお薦めしたいのはデーブ・マクルーア氏が提唱するAARRR指標(海賊指標)だ。

 その中でも、PMF前の段階で特に注目すべき指標は、Activation(顧客の活性化)、Retention(顧客の定着)の2つになる。

9. 圧倒的な優位性
 競合に対して圧倒的な優位性を構築できるポイントがあるかを書く。アイデアの検証フェーズでこの欄を埋めることは難しいので、埋められないなら気にしなくていい。

 書き込む内容としては、内部情報、専門家の支持、ドリームチーム、ネットワーク効果、コミュニティ、既存カスタマーなどがある(こちらの詳細解説は第5章のMOATの個所で解説する)。

 PMFを達成してビジネスをスケールする段階で初めて、優位性の構築がフォーカスの一つになる(つまり、ただ闇雲にスケールするわけでなく、スケールする中で、圧倒的な優位性をどう構築していくかが重要な論点になる)。

「課題」と「顧客セグメント」を深掘りする

 これらの6つの項目(4~9)は、最初に検討する項目3つ(課題仮説、顧客セグメント、独自の価値提案)が少し変わるだけでガラッと変わる可能性があるし、プロダクトをリリースした後も継続的に変わっていく。

 このため、アイデアを練っている初期の段階では、曖昧なところは想定ベースで簡潔に書けばいい。

 この段階で重要なのはあくまでも「課題」と「顧客セグメント」を深掘りすることである。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。