
包帯が巻けないヒデ
熱血看護教師・りんの奮闘がはじまった。
「ツヤさんが看護婦になれば、看病婦の希望になります」
りんたちが養成学校に入学したてのときに訳した「看護とは何か」の薄い本(ナイチンゲールの本の大事な最終章だけを訳したもの)をツヤに手渡す。
ツヤは家にも帰らず猛勉強。
そんななか、「授業もそこそこに看護科の生徒たちの実習が始まってしまいました」
このナレーション・真風(研ナオコ)に、病院がいかに手短に看護婦を養成しようとしているか、その安易さがわかる。
フユやヨシが生徒たちに実技を教えることになるが、なんだかピリピリしたムード。
「見習いさんではなく見習い生です」とちょっと生意気な生徒・土居ヒデ(池田朱那)。彼女はたぶん勉強はできるのだが、包帯をうまく巻けない。
自分がうまく手を動かせないのを患者のせいにして「すみません、動かないでいただけますか?」なんて言う。すぐにフユが代わる。
でもフユが上手に巻いているところは映らない。ここは鮮やかに巻いているところを、手の吹き替えを使ってでも映してほしかった。
ここで活躍するのがツヤだ。
すっかり自信をなくしたヒデは、やや差別的に見ていたツヤに包帯の巻き方を教えてもらうことになる。
ツヤにやり方を習いながら「なるほど」と言うヒデに「かわいくないな」と意見するツヤ。
ヒデ「かわいいかかわいくないかは看護には関係ありません」
ツヤ「関係あるんじゃないかな」
ここは冒頭の直美と小川の会話とリンクする。
看護に男女は関係ないと考えやたらとぶっきらぼうな直美と、看護に「かわいさ」は関係ないと言い、口調がいちいち理屈っぽいヒデ。
でも柔らかい対応が患者を安心させることもある。女性らしさやかわいさという観点ではなく、患者にどう接することが最適解なのか、対応の仕方を工夫することが肝要だ。
バーンズ先生は初期、りんたちに「たとえののしられようと、患者が回復すればいいのです」と説いた。
だが患者のメンタルも回復には重要だ。ののしられても厳しく接するか、患者の心情をいたわるように接するか、「観察」によってそのときの最適解をジャッジする。それが仕事であろう。状況はそのつど違うと捨松(多部未華子)が第58回で言っていた。
包帯を巻くレッスンをしながら、心が少し通じ合っていくように見えるツヤとヒデ。その様子を心配そうに見つめるフユ。
「なれそうなのかい? 看護婦」フユはりんに聞く。
りん「はい、頑張っています」
フユ「よろしく頼むよ、先生」
包帯を巻く手元は映らなかったが、こういう会話劇では力を発揮する猫背椿。看病婦仲間で年下のツヤのことを気にかけている。ぶっきらぼうなやさしさが伝わってきた。








