批判をかわす心理操作
「寝てない」の刷り込み
それは専門的に言うと「単純接触効果」、もしくは「ザイアンス効果」と呼ばれるものだ。
これは無意味な単語や、知らない人の写真などでも何度でも繰り返し、繰り返し見させられているうちに、ポジティブな印象を抱くようになるという心理的効果で、米国の心理学者ザイアンスが1968年に提唱した。
テレビCMなどで商品名を何度も何度もしつこく繰り返したり、選挙で候補者が何度もしつこく自分の名前やスローガンを繰り返したりするのは、この「単純接触効果」を期待しているのだ。
そして、実はこれはリスクコミュニケーションにも一定の効果がある。疑惑を追及された政治家が大衆に向けて説明をする際、同じメッセージをしつこく、しつこく繰り返していると、それがさしたる根拠がないようなものであっても、いつの間にかそれが真実のように刷り込まれてしまうのだ。
わかりやすいのは、トランプ大統領が自分の不正や疑惑についての報道について質問を浴びると、「それはフェイクだ」と毎度お馴染みの回答をすることだ。これを何度も何度もしつこく繰り返すことで、それらの報道を本当に「フェイク」だと信じる人々が、
これは高市首相の「寝てないアピール」にも当てはまる。
自民党総裁選に勝利して、「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる。働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく」と述べて国民から拍手喝采を浴びた高市首相は「寝てないアピール」をしつこく繰り返してきた。
25年11月7日の衆院予算委員会初日には、答弁の準備のために午前3時から首相公邸に出勤。11月13日の参院予算委員会でも、自らの睡眠時間について「だいたい2時間から長い日で4時間。だから肌にも悪いと思っております」と述べている(2025年11月13日 朝日新聞)。
この「寝てないアピール」は年が明けて、サナエトークン問題が発覚してからも続く。4月7日には、参院予算委員会で首相公邸に帰宅後について触れて「だいたい風呂に入って食事する。家事に時間を取られ、睡眠は割と短い」と発言(4月7日 共同通信)。さらに、4月23日に甘利明・元自民党幹事長と官邸で面会した際にはストレートに「睡眠をもうちょっと取りたい」とこぼした(4月23日 日本経済新聞)。
そして、週刊文春がサナエトークンの流れで「中傷動画」の問題を取り上げてからはヒートアップして「寝てないアピール」どころではなく、「徹夜アピール」へと変わっていく。
6月4日の衆院予算委員会では、自身について「細かい総理」と表現し、国会答弁のために「夜中にペンを入れてばんばん書き直している」と語ったうえで、2~3日は台風6号への対応や衆参両院の代表質問に対する答弁のため「ほぼ徹夜した」と述べている(6月4日 産経新聞)。
このように高市首相は首相就任してから約8カ月間、ことあるごとに「睡眠不足」や「徹夜」を繰り返しアピールしてきた。トランプ大統領と言えば「フェイクだ」と同じように、高市首相と言えば「寝てない」というほどイメージが定着している。それはつまり、我々日本人の中に「単純接触効果」が広まっているということでもある。
だから、高市首相がサナエトークンの追及を「私は寝てないんだ」と逃げても批判が高まらない。8カ月に及ぶ「寝てないアピール」の刷り込みによって、高市首相が多忙でほとんど寝ていないことと、国民のために命を削って頑張ってくれているとポジティブに受け取っている人が増えているのではないか。
ただ、このような話を聞いた政治家や経営者は「私もヤバくなったら寝てないアピールで逃げよう」などと思わない方がいい。雪印・石川社長が日本中から大バッシングを受けたように、自分が窮地に立たされた途端の「寝てないアピール」はなんの説得力もない。高市首相のように時間をかけて何度も「寝てないアピール」を繰り返し続けきたことで、はじめて成立するものなのだ。
これはあくまで一般論だが、「寝てないキャラ」を確立した人に対して、疑惑の追及というのは難しい。もし仮にこの人が健康を崩した場合、「徹夜続きの人をそうやってネチネチとしつこく叩くから体を壊したじゃないか!」という同情論が盛り上がって、追及をしている側が「悪者」というイメージが定着する。
サナエトークン問題、中傷動画問題も、野党や文春が「国民のために寝ないで働く首相をいじめる悪者」というアングルが生まれつつあるようにも見える。果たして、この情報戦はどういう結末を迎えるのか注目したい。








