井上陽水氏井上陽水氏 Photo:SANKEI

報道番組のテーマソングを作ってほしい――。『筑紫哲也NEWS23』が白羽の矢を立てたのは、既存の報道のあり方に鋭い視線を向けてきた井上陽水だった。一見すると「水と油」にも思える組み合わせだが、そこにはニュース番組の常識を変えたいという筑紫哲也の強い思いがあった。名曲『最後のニュース』は、いかにして生まれたのか。井上陽水本人が明かした知られざる舞台裏とは。※本稿は、ジャーナリストの金平茂紀『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

あらゆるカルチャーに
造詣が深かった筑紫哲也

 映画、演劇、音楽(クラシック、ジャズ、邦楽、フォーク、ロック、シャンソン、ファド、演歌、民謡に至るまでのありとあらゆる音楽)、伝統芸能、ダンス、文学、詩、美術、サブカルチュアなど筑紫哲也さんが首を突っ込んだ領域に関するエピソードを一々書きだしたら、とても1回では収まりきらないだろう。

 まず、『筑紫哲也NEWS23』と音楽との関わりについて言えば、番組のテーマソング製作を筑紫さんが提案し、最初の曲を井上陽水さんが手がけたことを記した(ダイヤモンド・オンライン編集部注/「記した」は本書前章で述べたことを指す)。名曲『最後のニュース』誕生の経緯も筑紫さんは後年、書物に残している。だが例によって記憶に行き違いがあったりする。そこで陽水さんに会ってそのあたりを直接聞いてみることにした。趣旨を伝えると、陽水さんはツアー中の忙しいなか、快く時間をつくってくださった。以下、Y(陽水さん)、K(金平茂紀)と記す。「KY対談」でもいいのだが、放送コードすれすれの部分も多くエッセンスだけにとどめよう。