再開発で整備されたMIYASHITA PARKMIYASHITA PARK Photo:PIXTA

渋谷駅周辺の再開発で、宮下公園は「MIYASHITA PARK」という高級ブランド店が並ぶ商業施設に変わった。再開発自体は否定するものではないが、筆者は、「かえって不便になってないか?」と疑問を投げかける。人々が気軽に集い、時間を過ごせる“居場所”が失われているとしたら――。※本稿は、劇作家、演出家の平田オリザ『寂しさへの処方箋 芸術は社会的孤立を救うか』(集英社)の一部を抜粋・編集したものです。

若者の街「渋谷」は
かつて兵隊の遊び場だった

 若者に居場所を作るという視点は、この10年ほどでずいぶんと共有されてきた。先進的な自治体では、居場所作りの新しい試みも広がっている。

 ただ若者の居場所の問題は、地方都市だけの課題ではない。先にも記したように私は東京の山の手、駒場という町に育ち、56歳までをそこで暮らした。駒場は渋谷まで私鉄で2駅、歩いて15分ほどのところにあって、だから子どもの頃から私には渋谷が遊び場だった。

 いまでこそ修学旅行生が必ず立ち寄る若者の町ということになっているが、私が子どもの頃までは渋谷は小さな、お世辞にも美しいとは言えない町だった。戦前は世田谷の陸軍の兵隊さんが週末に遊ぶ町として発展したのだとも聞く。何しろ「渋い谷」と書くくらいだから、道玄坂と宮益坂という2つの急坂に挟まれた狭い町なのだ。

 それが東急と西武という2大資本の力で町の範囲が無理に大きく広げられてきたのが、この半世紀の渋谷の歴史だ。私が小学生になる前に東急本店ができ、やがて渋谷PARCOが生まれ、区役所通りがいつの間にか「公園通り」と呼ばれるようになり、渋谷の町が大きく広がっていく。