のちに東急本店にはBunkamuraが併設される。かつて修学旅行生の聖地と呼ばれた渋谷109も、以前は戦後の焼け跡闇市の名残をとどめるマーケット街だった。

居場所のない人とは
渋谷の路上に集まる

 その発展を別に否定はしない。しかしその結果、渋谷の町の谷底のセンター街では、まずチーマーと呼ばれる少年たちが跋扈するようになった。所在なげに地べたに座って時を過ごす文化は、紆余曲折ありながら変化を遂げ、コロナ禍を経て、いまは「路上飲み」という一種異様な光景に発展している。

 2019年、渋谷区は、ハロウィーンや年末年始に限り、路上や公園での飲酒を禁止する条例を制定した。だがいまも、この路上飲みと、それを取り締まるパトロールのいたちごっこは続いている。

 昨今は、ここに路上飲みを楽しむ外国人観光客も加わりカオス状態になってきた(2024年6月には、夜間の路上飲酒を通年禁止する改正条例が可決、同年10月から施行された)。

 私は東京で暮らしていた頃、この近辺が帰り道だったので、よく道にたむろする少年たちを見かけた。そのたびに「これはしかし、この子たちのせいではないだろう」と感じたものだ。

 渋谷は、資本の論理だけで町を拡張してきてしまったために、欧州の町になら必ずあるような噴水のある広場や公園がない。いや公園は1つ、宮下公園という公園があったのだが、ここは1990年代以降、ホームレスの方たちのたまり場となり若者たちが集まりにくい場所になっていた。

 市場原理のみで町を広げてしまったために、渋谷は結果的に社会的弱者の居場所がない町になってしまった。しかし社会的弱者は富に吸い寄せられるように集まって来る。その居場所のない社会的弱者が右往左往することで、渋谷は地域のリスクを高めていってしまった。

かつて宮下公園は
数少ない居場所だった

 チーマーたちは成人し、やがて六本木に流れて半グレと呼ばれる反社会的集団を形成する。一方、宮下公園はネーミングライツをナイキに売ってスポーツ公園化し一部有料化しようとした。