昭和30年代(1955年から64年)までは10%台だった進学率が、たった20年で50%まで上昇する。さらに今世紀初頭には70%、現在は80%を超える数字となっている。

 何より各自治体が見誤ったのは、あるいは見てみないふりをしてきたのは、90年代以降の女性の4年制大学への進学率の急上昇だった。

 私が大学に入ったのは1982年だが、その時代までは相当優秀な女性でも短大を選ぶ方が多くいた。いまの学生に説明してもイメージさえわかないようだが、当時、女性に限っては4年制大学よりも短大の方が就職が有利だったからだ。

 振り返ればひどい話だが、男女雇用機会均等法の施行以前は、それが当たり前のこととして受け止められ、女子高校生の進路選択にも深く影響を及ぼしていた。地方都市においては、この傾向はさらに顕著だったろう。

「女だから大学には行けない…」
昭和までは一般的だった考え方

 もう一度、整理をすれば以下のようになる。

 地域に雇用を生めば高卒男子が地元に残る。当時、子どもを地域にとどめておく殺し文句は「車を買ってやるから地元に残れ」というものだった。この話を地域の高齢者大学などですると大多数の人が深く頷いてくれる。

 地方では多くの女性は高卒で就職した。実際に、いま各大学で行っているリカレント教育(学び直し)の講座に通う60代以上の女性の中には、志望理由を「大学に行ってみたかった」「兄は行っていたのに私は行けなくて悔しかった」と言う方が一定数いらっしゃる。

 兄弟姉妹が多くいて、自分が一番成績がよかったのに女だから大学に行かせてもらえなかったというのは昭和中期までは普通の出来事だった。

 女性は進学しても短大までで、あとは地元の金融機関や農協などに就職し、元気で給料の安いうちに4、5年働いて結婚で寿退社し20代前半で子どもを産む。男を囲い込んでおけば女はついて来るという、昭和の、匂い立つような男性目線の政策だ。

 考えてみて欲しい。若者たちへの問いかけの本質が変わったのだ。18歳の高校生への「地元にもいい就職先があるから、車も買ってやるし、この町に残らないか?」という昭和の問いかけ。