「娘が傷ついた事実は変わりません」

「怖かったと感じたんです」

「学校は生徒を守る場所でしょう」

「親の私が言わなければ、この子は泣き寝入りするだけです」

 1時間が過ぎた。

 2時間が過ぎた。

 時計を見るたびに、私の中の何かが少しずつ削られていくのが分かった。

4時間に及んだ面談と
「降伏」としての謝罪

 3時間を超えたころ、私は試しにこう言った。

「お嬢さんは、いずれ社会に出ていかれます。そのとき、善意で助けようとした行為が、必ずしも自分の望んだ形ではないこともあります。相手に悪意があったのか、それとも危険を避けるための対応だったのかを見分ける力も――」

「社会に出る前に、学校で守られるべきなんです!」

 母親は私の言葉を遮った。

 そのとき私は悟った。

 この面談で相手が求めているのは説明ではない。

「学校が悪かった」と確認する言葉だけなのだ。

 窓の外は、もう暗くなっていた。

 職員室では若い教員たちが、明日の授業準備や部活動の後始末に追われている時間だった。

 私はここで4時間近く、同じ言葉を繰り返している。

 正しさを守るためではない。

 学校という組織が、これ以上傷つかないようにするために。

「娘には、つらい思いをさせたくないんです」

 母親は疲れたように言った。

 だが、その眼差しの強さは変わらなかった。

「世界中の誰が敵になろうとも、私だけは娘の味方なんです」

 その言葉を聞いたとき、私は何も返せなかった。

 親としての愛情を否定することはできない。

 だが、その愛情が、相手の善意や現実の危険までも否定し始めたとき、学校は何をもって応じればいいのか。

 4時間15分。

 私は最後にこう言った。

「……分かりました。学校として、今回の件は重く受け止めます。今後の対応については、再発防止に努めます」

 それは納得ではなかった。

 降伏だった。

 何が間違っていたのか、最後まで曖昧なまま。

 けれど、ここで話を終わらせるには、その言葉を差し出すしかなかった。

『カスハラ化する保護者たち』書影カスハラ化する保護者たち』(西岡壱誠 星海社、星海社新書)

「本当に再発防止してくださるんですね?」

 母親は、ようやく少しだけ表情を緩めた。

「はい。教員への周知を行います」

 その言葉を口にしたとき、私は喉の奥に苦いものが残るのを感じた。

 誠実に対応した若手教員を、組織の都合で“指導対象”のように扱うことになるからだ。

 母親が帰ったあと、応接室には静けさだけが残った。

 私は椅子に深く沈み込み、しばらく立ち上がれなかった。