このような状況において、簡単でおいしく、しかも明るい料理のつくり方への需要が高まったのは当然だったのかもしれない。電子レンジやホットプレート、ハンドミキサーなどの新しい調理家電が定着したのもこの時代である。平野レミと同時代に活躍した料理研究家としては、常識外れの「時短料理」で注目された小林カツ代(1937年-2014年)がいるが、小林もまた、同じ需要に応える存在だった。
この時代に注目された平野は、1985年に、NHKのテレビ番組「きょうの料理」に講師役で初出演している。このころから「料理愛好家」というポジションが確立されたと言えるだろう。
家族のための自由な料理の
背景に戦後経験があった
では、平野レミの料理の特徴はどこにあるのだろうか。彼女は自身の料理を「デタラメ料理」と呼んだことがある。買い物が面倒だからという理由で、残り物や缶詰を組み合わせて料理を仕上げるという意味だ。それがうまくいったときは、台所のカレンダーの余白などに、作り方をメモして溜めていたという。
そのメモを、レシピとして公開したのが、『平野レミ・料理大会』(講談社、1986年)だ。
基本的に自宅で撮影し、料理道具や調味料もあわせて紹介したレシピ本で、短いエッセーも付いている。〈安く、手早く、おいしく〉という彼女の「料理の3カ条」が詰まった本なのだが、書名を「大全」ではなく「大会」としたところに、幼少期に育まれた彼女の「歓待の思想」が表れている。つまり、料理とは複数の人間が集うイベントだという捉え方である。
味見をしてもらったり、足りないものを買ってきてもらったりして家族や来客を「巻き込み」ながら、ともにつくる。うまくいくかどうかという過程そのものを楽しむ。そこには、大勢の「混血児」の子どもたちのために台所に立っていた戦後の経験が息づいていたのではないか。彼女は、料理を家族主義的発想から解き放ったのである。彼女はほとんど「おふくろの味」というような言い方で料理を語らなかったが、それもやはり、彼女の戦後経験によると考えて良いだろう。
『彼女たちの「戦後」』(山本昭宏、岩波書店)
2019年に夫の和田誠が逝去してからは、これまでの家族のための料理を、自分のための料理だと捉え直して、未亡人ならぬ「味望人レシピ」と名付けた。自炊は「嫌いなものは絶対に出てこないし」「誰かに見せるわけでもないから」「パラダイス」だとも主張している。ここには自分で自分を「歓待」する軽やかさがある。家族の存在をモチベーションにしたり、あるいは逆に言い訳にしたりすることのない自炊は、平野にとって自己をケアする実践であると同時に、料理をめぐる新たな発想の培養器でもあった。
平野レミが出演する料理番組を視聴していると、具材や道具の扱いが「テキトー」に見えてしまうときがあるが、そこには確実に和やかで開放的な雰囲気が生じていることにも気づかされる。彼女がその空間でつくりあげる雰囲気は、彼女の料理の本質の表れなのだろう。その本質とは、大袈裟に聴こえるかもしれないが、「自由」である。







