レストランや家飲みでワイングラスを選ぶとき、どのような基準で選んでいるだろうか。「シャンパン=細長いフルートグラス」といった定番のイメージが強いが、グラスの形は時代とともに変化してきた。ワインの味わいを劇的に変え、知っているだけで選ぶのがもっと楽しくなる「グラス選びの常識」を歴史とともに解説する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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グラスの形は「時代の欲望」を映し出す
ワインの味わいは、グラスの形状によって劇的に変わります。けれど、歴史を振り返れば、グラスの形を決めてきたのは科学的な理屈だけではありません。
そこには常に、当時の人々が何を求め、何を美しいとしたかという「欲望の形」が映し出されているのです。
19世紀の「クープグラス」
かつてシャンパーニュは、マリー・アントワネットの左胸を型取ったとの逸話がある、口が広く背の低い「クープグラス」で飲まれていました。
当時はまだ、泡の持続性よりも、社交場での華やかさが優先された時代。人々が好んだのも、ドサージュ(糖分添加)をたっぷりと行った、シロップのように甘い「ドゥー(Doux)」な味わいでした。
貴族たちは豪奢なシャンデリアの下でグラスを傾け、溢れる泡と甘い香りに酔いしれながら、退廃的な夜を楽しみました。
クープの広がりは、まさに当時の開放的で享楽的な「デコルテの誘惑」そのもの。
ポンパドール夫人が「飲んだ後も女性を美しいままにしてくれる唯一のワイン」と愛したのは、飲み干す際に顔をそらさずにすむ、このグラスの形も一役買っていたはずです。
クープグラス(イメージ) Photo: Adobe Stock
20世紀の「細長いグラス」
20世紀に入り、『ダウントン・アビー』で描かれるような近代化が進むと、トレンドは一変。
19世紀後半からイギリス人の好みに合わせて誕生していた、キリッと辛口の「ブリュット(Brut)」がいよいよ主流になったのです。
人々は、グラスの底から一筋に立ち昇る泡を「真珠のネックレス(ペルラージュ)」と呼び、その視覚的な美しさを楽しむために、細長い「フルートグラス」を手にしました。
シャープな酸と、空に向かって直線的に伸びる泡。
それは、近代化が進む社会のスピード感と、シャンパーニュが現代に続く「洗練された乾杯のシンボル」として確立された時代の象徴でもありました。
フルートグラス(イメージ) Photo: Adobe Stock
現代の「大ぶりグラス」
そして今、私たちの欲望は再び変化しています。
上質なシャンパーニュを供する際、あえてフルートグラスを外し、少し大ぶりのチューリップ型や、白ワイン用のグラスを選ぶレストランが増えています。
細すぎるグラスでは、長期熟成を経た複雑な香りが窒息してしまうからです。
泡(ビジュアル)だけでなく、奥にある香り(本質)を深く吸い込みたい。
現代のグラス選びの変化は、シャンパーニュを単なる「泡が出るお酒」から「偉大な白ワイン」として敬意を持って味わおうとする、成熟した審美眼の現れなのです。
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(本稿は書籍『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より一部を抜粋・編集したものです)
ワインジャーナリスト/コラムニスト
1986年生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。お茶の水女子大学理学部卒業後、大手通信企業を経てワイン業界へ。世界最大のワイン教育機関WSETが認定する、国内でも取得者の少ない最難関資格「Level 4 Diploma」を保持。
『Forbes JAPAN』オフィシャルコラムニストとして、ワインをビジネスや文化の視点から紐解く一方、国内外の産地を精力的に訪問し、ストーリーを丁寧に紡ぐ執筆活動を展開。スーパーで手に入るデイリーワインからハレの日の1本まで等しく愛し、初心者目線の解説に定評がある。また、茶道や着物を日常に取り入れたライフスタイルを実践し、ワインと日本の美意識を交差させた独自の楽しみ方を発信している。趣味はアルゼンチンタンゴ。








