子どもの世界にも大人の世界にも、人を見下して優位に立とうとする人はいる。相手を変えようとすればするほど苦しくなるが、ストイシズムは「自分がコントロールできること」に目を向けるよう教えている。では、イヤな相手に振り回されず、自分らしく生きるためには具体的にどうすればいいだろう? 読者の反響が大きかった記事を再掲する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局 初出:2025年6月29日)
Photo: Adobe Stock
マウントをとろうとする人
小学校に通う息子が、学校に行きたくないと言って泣いている。
クラスにジャイアンタイプの子がいるという。
息子と仲良しの友だちのことをターゲットにして、「そんなこともできないのか」と笑ったり、行動が遅いと「早くしろよ」ときつく言ったりして、バカにした感じを出してくるらしい。クラスの中でえらそうに振る舞い、他の子に注意されても「は?」と言って聞く耳を持たない。
私はその子のことを詳しくは知らないけれど、話を聞いていて、反撃してこない子をバカにすることで上に立ちたいんだろうなと思った。
強そうに見えるが本当は強くない。周りに承認されないと不安なんだろう。
こういう子はどこにでもいる。私の子どもの頃にもクラスにいたし、息子はこれから先も何度も出会うに違いない。大人にだっているんだから。
たとえば先生に言って、同じ班にならないようになど配慮してもらったとしても、一時的な解決にしかならないと思う。
自分でコントロールできることに集中する
では、どうしたらいいのか。
ストイシズムに知恵を借りてみよう。
ストイシズムでは、「自分がコントロールできることに集中せよ」と説いている。他人や環境はコントロールできないのだから、「もっとこうなってほしいのに」と悩んでも仕方がない。
それに対して自分の意見や行動はコントロールできる。
「バカにしたような言い方はやめて」と伝えるのも一つだし、「イヤなヤツの言うことは放っておこう」と決めて無視するのも一つだ。イヤなヤツが何を言ってこようと、自分の幸せには何の関係もない。自分は自分で好きなことをやり、幸せになることができるはずだ。
ただし、感情的になって意地悪をやり返すのは違う。それは誰も幸せにしないし、自分のためにもならない。
ストア派の代表的な哲学者の一人、セネカは「つねに優しくあれ」と言っている。
相手に思いやりを持つ
思いやりがあると、すべての人に対する言葉と行動と感情が穏やかで優しいものになる。(セネカ『ルキリウスに宛てた道徳書簡集』)
――『STOIC 人生の教科書ストイシズム』より
クラスのジャイアンには思いやりが足りないが、だからといって自分も思いやりをなくす必要はない。
大人でもイラッとすることを言ってくる相手はいるが、相手と同じレベルで言い返したり無視したりしても根本的な解決にはならない。
すべての人に思いやりを持ちつつ、イヤなヤツの行動に心を乱されないようにするのだ。
息子とこういったことをいろいろ話し合ってみた。
大人にだって難しいのだから、そんなにすぐ対処できるわけではないだろう。
でも、こういったチャンスがあるたびに繰り返しストイシズムの知恵を借りながら話し合えば、本当に強い心を持てるようになるかもしれない。
私自身も、まだまだだ。チャンスがあるたびにストイシズムを実践しつつ、思いやりのある人でいたいと思う。
(本記事は、ブリタニー・ポラット著『STOIC 人生の教科書ストイシズム』〈花塚恵訳〉に関連した書き下ろし記事です)









