「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく

心理的安全性、みんな勘違いしてます。“雰囲気の良さ”ではなく、本当に必要なものとはPhoto: Adobe Stock

心理的安全性の本当の意味とは

心理的安全性」という言葉が広まって久しい。「厳しいことを言わない」「雰囲気を良くする」。多くの組織がそう理解し、1on1やチームビルディング研修といった施策に取り組んできた。

 しかし経営コンサルタントとしてIGPIシンガポールを率いる坂田幸樹氏は、「それは心理的安全性の本質ではない」と言い切る。

心理的安全性の前に、「相手を知る」がある

――心理的安全性というと、「厳しいことを言わない」「雰囲気を良くする」といったイメージを持つ人も多いと思いますが、これは間違った認識なのでしょうか?

 まさにそこが、大きな誤解です。世の中で語られている心理的安全性は、「厳しいことを言わない」「優しく接する」といった話に矮小化されてしまっているように感じます。

 しかし、心理的安全性とは、「厳しいことを言わない」ことではなく、「必要なことを率直に伝えられる」ことです。その前提となるのが、お互いを理解し合える関係です。

 厳しいことを避けるだけなら、誰も踏み込まない職場は簡単につくれます。表面上は穏やかですし、衝突も起きません。その結果、「良いチームになった」と錯覚しがちです。

 しかし実際には、お互いを理解しているわけでも、本音を言い合えているわけでもありません。腹の中で思っていることを言わないという意味では、以前より風通しが悪くなっているケースさえあります。

 本当に必要なのは、まず相手を知ることです。相手がどんな人で、何を大切にし、どのような価値観を持っているのか。それが分かって初めて、「この人には率直に言っても大丈夫だ」「この言い方なら伝わる」という関係が生まれます。

 心理的安全性は、制度や雰囲気から生まれるものではありません。相手を理解することから、少しずつ醸成されるものなのです。

――坂田さんのチームでは、心理的安全性を高めるために、何か実践されていることはありますか?

 私のチームでは毎朝、朝礼を行っています。そこで必ず、誰か一人が発表する時間を設けています。仕事の話でも構いませんし、趣味やプライベートの話でも構いません。特別なテーマは決めておらず、その日話したい人が、話したいことを話す。それだけの、とてもシンプルな仕組みです。

 目的は一つ、「相手を知るため」です。相手のことを知らなければ、チームはうまく機能しません。私は、この「相手を知る」ということが、心理的安全性を育む出発点だと考えています。

相手を知る「場」を設計し、人間関係を育む

――なぜ、「相手を知る」ことが、そこまで重要なのでしょうか?

 人間関係は、相手を知らない状態では育ちません。相手が何を大切にしている人なのか分からなければ、その発言の背景にある意図も読み取れません。

 また逆に、自分がどこまで踏み込んで話してよいのかも分からない。だから、みんな波風の立たない言葉しか言わなくなります。一見すると安全に見えますが、それは心理的安全性が高いのではなく、単に「当たり障りがない」だけであって、人間関係が順調に育まれている状態とは言えません。

 だから私のチームでは、朝礼でも仕事以外の話をする時間を意識的につくっています。仕事の成果や役割だけを知っていても、その人自身は分かりません。むしろ雑談に近い話の方が、その人らしさや価値観が自然に表れます。

 そうした対話を積み重ねることで、「この人はこういう考え方をする人なんだ」という理解が少しずつ深まっていく。私は、それこそがチームワークの土台になると考えています。

――こうした「相手を知る」場を意図的につくること自体に、経営的な意味があるということでしょうか?

 その通りです。拙著『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』でも、これからの時代に人や組織が新しい価値を生み出すためには、「場づくり」が重要だと述べています。そして、その「場」が機能するためには、お互いを理解し、安心して意見を交わせる関係性が欠かせません。

 私は、心理的安全性とは、そうした場づくりの結果として育っていくものだと考えています。

 だからこそ、そうした場を日々の習慣として続けています。誰か一人が話し、周囲が耳を傾ける。その積み重ねによって、その人の価値観や考え方に対する理解が蓄積されていく。そうした場があって初めて、人は安心して異なる意見を交わせるようになります。

 この「場」を意図的につくる仕掛けは、特別なコストもかからず、誰でも、今日から始められます。それでいて、組織の土台に効いてくる。だからこそ、是非真っ先に手をつけていただきたい施策の一つだと考えています。

心理的安全性は、毎日の習慣で積み上げる

――「相手を知る」ことが徹底されているチームと、そうでないチームでは、実際の仕事の進め方にどんな違いが出てくるのでしょうか?

 一番分かりやすいのは、意見が対立したときです。

 相手をよく知らないチームでは、反対意見がそのまま人格への否定に見えてしまいます。「否定された」「攻撃された」そう受け止めてしまう。だから、無難な意見しか出なくなり、議論は深まりません。

 一方、お互いをよく知っているチームでは違います。「この人は普段からこういう視点で考える人だ」「この発言には、こういう問題意識があるのだろう」そんな前提が共有されているので、反対意見も人格への攻撃ではなく、一つの視点として受け止められます。

 だから議論が深まり、結果として意思決定の質も高まります。

 どれだけ「相手を知る場」を持てているかで、実際の仕事の質、チームワークの質は大きく左右されるというのが私の実感です。

――この記事を読んだ経営者やリーダーに、明日から実践してほしいことはありますか?

 心理的安全性を高めようとして、「厳しく言わないようにしよう」「もっと雰囲気を良くしよう」と考える人は少なくありません。

 しかし、最初にやるべきなのは、「メンバー同士は、お互いのことをどれだけ知っているだろうか」と問い直すことです。

 一緒に働くメンバーが、仕事以外で何を大切にしている人なのか。どんな価値観を持っているのか。それを知らないのであれば、まだチームの土台が十分にできているとは言えません。

 まずは、私たちのように、毎朝五分だけ誰か一人が好きなことを話す場を設けてみてください。それだけでも十分です。大切なのは、一度きりのイベントや研修ではなく、日々の習慣として続けることです。

 半年、一年と積み重ねることで、「この人はこういう人だ」という理解が少しずつ組織全体に共有されていきます。

 そして、もう一つ忘れてはいけないことがあります。最初に実践するのは、リーダー自身です。部下にだけ自己開示を求め、自分のことは語らないのでは、この文化は根付きません。

 相手を知りたいのであれば、まず自分を知ってもらう。私は、心理的安全性とは制度でも研修でもなく、こうした小さな習慣を積み重ねた先に育つものだと考えています。

――ありがとうございました。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。