目下、困難な課題に直面している人が、努力しても成功しなかったという経験をすると、以後、結果が出ることを恐れ、取り組むべき課題から「安易な逃げ道を探す」(Adler Speaks)ようになるかもしれません。しかし、逃げ道を探さないで困難を切り抜ける力を身につけなければなりませんし、大人は子どもがそのような力を身につける援助をしなければなりません。

親に守られて育つと
外の世界は「敵国」に

 困難を避けることではこの力を身につけることはできません。アドラーは次のようにいっています。

「困難に直面することを教えられなかった子どもたちは、あらゆる困難を避けようとするだろう」(『子どもの教育』)

 困難に直面しないように親から守られて育つ子どもがいます。実際には困難があるのに、それに直面するのはもちろん、困難が存在することすら教えられず、親に守られて育った子どもが一歩外に出れば、そこはアドラーの言葉を使うならば「敵国」です。親が子どもを過保護に、いわば、人為的に温かい環境の中で育てたので、外の世界の風が冷たく感じられるということです。

 受験は十分困難で、温かい環境に育ったわけではないという人はいるでしょうが、勉強さえしていれば、他のあらゆることを免除されるようであれば、甘やかされた子どもなのです。

 子どもの頃から、何かを成し遂げることは困難であり、いつも自分が望む通りの結果を得られるとは限らないことを知っていれば、風は冷たくても耐えられるようになります。しかし、幸か不幸か、人生が思うようにならないものであることを知らずにきた子どもは、その後の人生で遭う少しの困難が大きな躓きの石になってしまいます。

 どんなことも努力しなければ、達成することはできません。困難が立ちはだかり行く手を遮った時に、最初から諦めてしまう人はいます。そのような人は、周りに楽々と成果を上げているように見える人がいると、自分も頑張ってみようとは思わないで、できることは何もない、どんなに努力をしてもどうにもならないと考え、努力をしないのです。もちろん、努力しない人はいるはずはないのですが、努力して何かを成し遂げた人は努力したことを吹聴しないので、結果だけを見ると易々と成し遂げたように見えるだけなのです。

 アドラーが、学生にしばしばこんな話をするといっています。