「われわれの遠い祖先がある時、木の枝にすわっていると想像しなさい。その祖先にはまだ巻き尾があり、人生があまりに惨めなので、何をするべきか考えている。別の人がその人にいった。『そんなことを思い悩んでどうなるというのだ。事態はわれわれの力を超えている。どうすることもできない。木の上にいるのが一番いい』。

 もしもこのように説得した人の考えが受け入れられていたらどうなっていたであろう。われわれは今もずっと木の上にすわり、巻き尾を持っていただろう。実際はどうなったか。木の上にいた人は今どこにいるだろう。絶滅してしまったのだ」(『個人心理学の技術Ⅱ』)

 このように、できることは何もないと考えて何もしない人のことをアドラーは「悲観主義者」と呼んでいます。アドラーは、「人生の要求に対する答えが誤っていた」といいます。「どうすることもできない」という答えは誤りだということです。

困難を前にしたときの
「深刻」と「真剣」

 反対に、「楽観主義者」は次のような人だとアドラーはいいます。

「楽観主義者は、性格の発達が全体として真っ直ぐな方向を取る人のことである。彼〔女〕らはあらゆる困難に勇敢に立ち向かい、深刻に受け止めない。自信を持ち、人生に対する有利な立場を容易に見出してきた。過度に要求することもない。自己評価が高く、自分が取るに足らないとは感じていないからである。そこで、彼〔女〕らは、人生の困難に、自分を弱く、不完全であると見なすきっかけを見出すような人よりも、容易に耐えることができ、困難な状況にあっても、誤りは再び償うことができると確信して、冷静でいられる」(『性格の心理学』)

 楽観的な人は、悲観的な人とは違って、困難で危機的な状況を前にしても、できることは何もないと諦めたりしないで、「何をするべきか」を考え、どんな困難にも勇敢に立ち向かいます。

 その際、困難を深刻に受け止めません。深刻であるということと真剣であるということは違います。真剣に取り組み、努力しなければどんな困難も解決することはできません。