親としては勇気がいるかもしれませんが、子どもが自力で苦境から抜け出すのを見守るしかありません。もっとも先にも見たように、再度挑戦すればいいだけなので苦境に陥るわけではありません。

「共同の課題」を持つのは難しい
子どもの支配につながる可能性も

 本来子どもの課題であっても、親と子どもの共同の課題にできないわけではありません。ただし、共同の課題にするためには、適切な手続きを踏まなければなりません。例えば、受験について話をしたいと申し出ても、子どもが話したくないといったら引き下がるしかありません。子どもが話し合いに同意したとすれば、親は自分の意見を述べることはできますが、それを押し付けることはできません。

 まず、親が自分の意見を述べる前に、子どもの話を聞かなければなりません。子どもは大きな決断をする時に不安を感じているかもしれませんし、失敗した時に再度挑戦することも含めて、課題に立ち向かう勇気を持てていないかもしれません。

 アドラーは次のように述べています。

「子どもを勇気づけようとする時には、最初に話に耳を傾けよう。その前に信頼を得られるような心の状態を作り出さなければならない。子どもに対して友人のようにふるまわなければならない。優越していることを示してはならず、抑圧したり、厳しく扱ってもならない」(『個人心理学の技術II』)

『アドラーの教育論 対等と自立』書影アドラーの教育論 対等と自立』(岸見一郎、幻冬舎)

 親は子どもが自分の課題を自分で解決できると信頼していなければなりません。子どもが自分は対等に見られていないと思ったら、親の話を聞こうとはしないでしょう。子どもが信頼されていると思えるためには、子どもの話を最後まで口を挟まず聞き、聞き終えた後も批判してはいけません。

 親が自分の意見をいっていけないわけではありませんが、それがあくまで親の意見であることを強調し、その意見を受け入れるかどうかは子どもに委ねるべきです。

 共同の課題にできるというと、多くの親は何でも共同の課題にできると思います。共同の課題にすることで、子どもを支配しようとします。共同の課題にすることはできますが、子どもが共同の課題にしてほしいと申し出た時にだけ共同の課題にするのが安全です。

 そうするためには、「何かできることがあったらいって」といっておき、子どもが何もいってこなければ何もしないと決めておくといいでしょう。共同の課題にしてほしいといってきても、できないことはできないのですが、共同の課題にしてほしいと子どもから申し出があれば、できるだけの援助をすることが大切です。