「なんだか話がかみ合わない」「この人とは見えている世界が違う」。そんな経験はないでしょうか。その違いは、能力や性格だけでは説明できません。ある批評家は、その違いを「建物の階」で表現しました。この比喩を知ると、人とのすれ違いが驚くほど理解しやすくなります。本記事では、イラストレーターのヤギワタル氏の書籍『言語化だけじゃ伝わんない 絵を描くように「考える・伝える」技術』の中からビジネスパーソンにも役立つノウハウとして紹介する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

「私とあなたは住んでいる世界がちがう」という現実を超わかりやすく伝えてみた

「見えている景色」が違えば、考え方も変わる

「住んでいる世界が違う」という言い方があります。

 価値観が違う。
 話が合わない。
 考え方が理解できない。

 そんなときによく使われる表現です。
 でも、「世界が違う」と言われても、どのくらい違うのかは想像しにくいものです。

 そこで役に立つのが、比喩です。
 目に見えない考え方を、目に見えるものへ置き換える

 それだけで、複雑な話が一気に理解しやすくなります。

「絵は描かない」という人でも、まずは視覚的に似ているものを探してみましょう。
自分が伝えたいことを、視覚的に伝えることができるようになります。
たとえば、評論家の加藤典洋は、評論家としての自分のスタンスを、建物を使って説明しました。
ここで加藤は、世の中の人を「1階の住民」と「2階の住民」に分けます。
1階には、ふつうに暮らし、ふつうの感覚を持っている人がいる。
2階には、専門家や知識人がいる。情報を集め、現場にも積極的に行って、さらに考えようとする人たちです。
ところが加藤はここで、「世の中には1階の床を剥がす人がいる」と言い出します。
1階の床の下に地下室があり、そこを降りていく人がいる。
地下に降りていくのは、世間も専門家も疑う「地下室の住民」です。
――『言語化だけじゃ伝わんない』より

 この比喩が面白いのは、「知識人」と「普通の人」を対立させていないところです。
 ただ立っている場所が違うだけ。
 立つ場所が違えば、見える景色も変わります。

 だから、同じ出来事を見ても受け取り方が違うのです

「正しい人」ではなく、「立っている場所」が違う

 建物を思い浮かべてみましょう。

 1階にいる人は、道を歩く人の顔がよく見えます。
 店の様子もわかります。
 生活の空気を一番感じられる場所です。

 一方、2階に上がるとどうでしょう。
 遠くまで見渡せるようになります。
 街全体の様子が見える。
 ただ、その代わりに、目の前の人の表情は少し見えにくくなります。
 さらに地下へ降りれば、外の景色はほとんど見えません。

 しかし、その代わりに建物の土台や構造を考えるようになります。
 つまり、それぞれ見えているものが違うのです

 だから、「どちらが正しい」という話ではありません。
 どこから見ているか。その違いなのです。

比喩を使うと、「距離」が見える

 加藤典洋は、自分が大切にしたい立場をこう語っています。

そして、批評家としての自分は2階にも地下室にも行くが、1階の「ふつう」の感じ方を大事にしたいと言います。

「人はいまそれですむ世界には、生きていない。時に二階に上り、また地下に降りることも必要となるだろう。それどころか、一階の床が抜け、地下に落下することすらあるかもしれない。しかし、たとえそうなったとしても、つねに一階の視点を失わないこと。そのことが大事ではないだろうか。」(『僕が批評家になったわけ』(岩波現代文庫p.273)より)

加藤典洋が言っていることは、建物の比喩を使わなくても説明できるかもしれません。
「ふつうの人の気持ちを大事にしたい」で済む可能性もあります。
ただ、あえて建物の比喩を使うと、ふつうの人と知識人のちょっと離れた感じがわかりやすくなっています。
――『言語化だけじゃ伝わんない』より

 もしこれを、「一般の人の感覚を大切にする」という一文だけで説明されたらどうでしょう。

 意味はわかります。でも、その距離感までは見えてきません。

 建物という比喩を使うことで、「少し高い場所にいる人」「もっと深い場所へ潜っている人」という位置関係まで一瞬で理解できます

 これが比喩の力です。

人とのすれ違いは、「階」が違うだけかもしれない

 私たちは、人と意見が違うと、「あの人はわかっていない」と思ってしまいます。

 でも本当は違うのかもしれません。
 相手は、自分とは違う階から景色を見ているだけ。

 営業の人は、お客様の近くにいる1階の視点を持っています。
 研究者は、2階から全体を眺めています。
 芸術家は、地下へ潜って、自分自身の内面を掘り下げているかもしれません。

 それぞれの場所には、それぞれの役割があります。
 大切なのは、「自分はいま何階に立っているのか」を意識することです

相手の階へ行けば、コミュニケーションは変わる

「住んでいる世界がちがう」という言い方がありますが、「住んでいる階がちがう」と言うほうが、見えている景色がちがう感じが、よくあらわれていると思います。
2階にいる人のほうが遠くまでは見えている。でも日常生活に近いのは1階です。
地下にいる人は日常から離れています。
でも内面の世界はより深く掘り下げるでしょう。
――『言語化だけじゃ伝わんない』より

 この比喩が教えてくれるのは、「相手を理解する」とは、相手の階へ行ってみることだということです。

 知識人と話すなら、少し2階へ上がってみる。
 子どもと話すなら、1階に降りて目線を合わせる。
 芸術家や哲学者の本を読むなら、地下室へ降りてみる。

 自分の立っている場所だけが世界のすべてではありません
 だからこそ、ときには別の階へ移動してみる。
 その行き来ができる人ほど、多くの人と話が通じるようになります。

 そして、「住んでいる世界が違う」と感じたときも、「見えている景色が違うだけなんだ」と考えられるようになるのです。

ヤギワタル
1981年静岡県生まれ。制作会社にて、雑誌タイアップ広告の制作進行を務めたのち、フリーランスのライターを経験。国際情勢関連の英日翻訳をやりながら、2011年からイラストレーターの活動をスタート。現在は書籍・雑誌・広告など幅広く活動中。特に、ビジネス書や新書での挿絵や図解を担当することが多く、10年以上、活躍している。
これまで、装画・イラストを担当した書籍は200冊以上。『言語化だけじゃ伝わんない ―― 絵を描くように「考える・伝える」技術』(ダイヤモンド社)が初の単著となる。