『となりのトトロ』が描いた
木に頭を下げる日本人の感性

 みなさんご存じのスタジオジブリ作品『となりのトトロ』(1988年)には、引越しを終えたお父さんが、メイを助けてもらったお礼も兼ねて、みんなで近所の楠に挨拶をする場面がさりげなく描かれています。

サツキ:「お父さん、あのクスの木!大きいねぇ。」

メイ:「あった!」

サツキ:「あの木?」

メイ:「うん!」

サツキ:「お父さん。早く早く!」

メイ:「あっ!穴。なくなっちゃった…」

サツキ:「本当にここ?」

メイ:「うん。」

サツキ:「穴が消えちゃったんだって。」

お父さん:「ねっ。いつでも会える訳じゃないんだよ。」

サツキ:「また会える?私も会いたい。」

お父さん:「そうだな。運がよければね。立派な木だなあ。」

お父さん:「きっと、ずーっとずーっと昔から、ここに立っていたんだね。」

お父さん:「昔々は、木と人は仲よしだったんだよ。」

お父さん:「お父さんは、この木を見て、あの家がとっても気に入ったんだ。」

お父さん:「お母さんも、きっと好きになると思ってね。」

お父さん:「さっ、お礼を言って戻ろう。お弁当を食べなきゃ。」

サツキ:「そうだ!みっちゃん家に行く約束なんだ。」

『なぜ人は挨拶するのか』書影なぜ人は挨拶するのか』(鳥越覚生、筑摩書房)

メイ:「メイも行く!」

お父さん:「気をつけ。メイがお世話になりました。これからもよろしくお願いいたします。」

サツキ・メイ:「お願いいたします。」

 言うまでもなく、この楠こそトトロが棲む大木です。私たちの「となり」にも、乱開発されて小さくはなっていたとしても、まだギリギリ残っている鎮護の森の主として楠が生き延びているかもしれません。

 お父さんが独白している通り、「昔々は、木と人は仲よし」でした。「ずーっとずーっと昔から」生きている木にお世話になり、見守ってもらっている、という感覚が生きていたのです。自然と楠に頭が下がります。