
「ジムニーは3ドアで完結している。5枚ドアなど造るべきではない」。発表からわずか4日で受注5万台、異例の大ヒットとなったジムニーノマド。しかしそのメガヒットの裏には、社内の激しい葛藤があったのだそう。先週掲載したジムニーノマドの富士山麓オフロード試乗記に続き、今回は開発責任者にインタビュー。ジムニーが5ドア化してノマドになった、知られざる舞台裏に迫ります。(コラムニスト フェルディナント・ヤマグチ)
みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
今週も明るく楽しくヨタ話から……といきたいところですが、今月からヨタ話は本編後に掲載しています。今回のヨタは、フジロックフェスティバルに行ってきた話です。皆さま、本編だけでなくヨタも読んでくださいね(はぁと)。
「5ドアなど造るべきではない」社内にあった反対論
わずか4日間で5万、である。
韓流アイドルのドーム公演でも、限定スニーカーの話でもない。極めて趣味性の高い本格オフロード車に注文が殺到し、スズキが早々に受注停止せざるを得なくなった、2025年の春の椿事。その主犯……もとい、主役が今回開発エンジニアとデザイナーにお話を伺うジムニーノマドである。
待望の5ドア版ジムニー。「みんなが待っていたクルマだもの、そりゃ売れるでしょ」。そう思う読者も多かろう。その通り。そりゃ売れますよ。売れるに決まっている。しかしこのメガヒットが生み出された裏側には、聞くも涙のエピソードが隠されていたのだ。今回は、ジムニーノマドの開発に携わったお二人にじっくりお話を伺っていこう。
スズキ「ジムニーノマド」 Photo by AD Takahashi
ジムニーノマドの開発者にインタビューします Photo by A.T.







