社会の規範、市場のスコア、共同体の空気といったものに惑わされず、ソーシャルノイズの誘惑や抑圧からいったん自由になれたときに、初めて「自分は何を大事にしているのか?」「自分の内にある欲望は何なのか?」が見えてきます。
なぜ「やりたいこと」を
聞かれても答えられないのか
よく「やりたいことが見つからない」という悩みを耳にしますが、当然のことだと思います。
これだけソーシャルノイズが鳴り響いている状態で、「あなたは何がしたいのか?」と聞かれても、「社会の規範」からはみ出さないそれらしいことを答えるか、「市場のスコア」を高める目標を答えるか、上司や親の顔色をうかがって「共同体の空気」を読んで答えるかしかありません。
ソーシャルノイズから身をはがさない限り、「やりたいことは?」と聞かれても、それはあなたの「内発的動機」を抑圧する“呪いの質問”にしかならないのです。
もしかすると、すでに「やりたいこと」がハッキリしているから自分にはリフレクションは不要だ、という人もいるかもしれません。
しかし、そういう人こそ、油断せずに、定期的にリフレクションの時間をとっていただきたいと思っています。
私自身「書きたい本」がたくさんあって、いくら時間があっても足りません。リフレクションをする暇があったら、少しでも本を書く時間にあてたい。そんな気持ちも多少はあります。
ところが、ソーシャルノイズがうるさい現代に生きていると、好きなことに興じているつもりでも、自分の「大切にしたいこと」や「内発的動機」を見失うことがあります。
私自身も、本を書きながら自分が本当に書きたいことがよくわからなくなってしまうことがたまにあります。
書きたくて書いているつもりでも、頭の中で「もっとメリットを煽ったほうが売れるんじゃないか」とか「“サボるのが大事”なんて書いたら、企業の人事担当者から嫌われてしまわないだろうか」などと考えてしまうわけです。







