同じものを250枚も描き続けたワケ
ここでいったんクロード・モネの話に戻りましょう。
じつは《ルーアン大聖堂》という題名の作品は、1つではありません。
モネは、アトリエの向かいにそびえるその建物を、ほとんど同じ構図で2年間にわたって繰り返し描き続け、その作品数は「30作以上」にものぼります。
「そんなにずっと同じ景色に夢中になれるなんて、描くのがよほど楽しかったんだろう」と思われるかもしれません。
しかし、モネは《ルーアン大聖堂》の制作中に書いた手紙のなかで「まったく順調に進んでいない……」と悩みを綴り、その理由をこう記しています。
結局のところ、私は不可能なことに挑戦しているのかもしれない」
作品をせっかく描き上げても、「前の日には見えなかったもの」を発見してしまえば、また一から描き直す必要が出てきてしまいます。
そして、また翌日には同じことが起こります。さらにその翌日にも、翌々日にも……。
時間帯や天候によって変化する外光の下で、その瞬間に目に映る色を追求した30枚もの《ルーアン大聖堂》には、ひとつとしてほかと同じ色彩で描かれたものはありません。
モネが同じ建物を何度も描き続けたのは、単にその景色を愛していたからではありません。むしろ、好むと好まざるとにかかわらず、そうせずにはいられない「必然」が、そこにあったのです。
「もし私が盲目で生まれ、ふと眼が見えるようになったとしたら!」というさきほどのモネの言葉は、先入観を取り払うことの重要性を語ったものでした。
その一方で彼の挑戦が明らかにしたのは、先入観を捨てて見ようとすればするほど、対象の見え方が変化し、その正体がつかみきれなくなるという矛盾でした。
その葛藤の末……、彼がたどり着いた境地が別の手紙に記されています。
「先入観を拭えば本当の姿を明らかにできる」のではありません。よく見れば見るほど、世界の正体はかえって霞み、つかみきれなくなるのです。
だから、本当の意味で「見よう」とするなら、その矛盾を受け入れ、何度も何度も「ふと眼が見えるようになった」かのような新たな視線を注ぎ続けるしかありません。
《ルーアン大聖堂》の数年後、モネは睡蓮が生い茂る池を主題にした《睡蓮》という油絵の連作に取り組みはじめます。その制作は生涯にわたって続き、なんと250枚以上の作品を描くことになりました。
見るたびに、世界は違って見える。
だからこそ、「見る」とは一度きりでは終わらない営みである。
目を開くたびに、何度も繰り返し、世界を新たに見つめ直さなくてはならない―。
《ルーアン大聖堂》を生み出すに至ったモネの探究は、むしろそれこそが「見る」ことの本質なのだと物語っているようです。
* * *
さて、娘が黄色い網がかかった大きなかたまりの前で佇んでいたとき、もしかしたら彼女も同じような「ものの見方」をしていたのかもしれません。
つまりモネがしていたように、目の前のものに「新鮮な視線」を注ぎ続けていたのではないでしょうか……?
目の前にある物体は、ある瞬間には「ゴミ」であり、次の瞬間には「カメ」でもあり、また次に見るときにはまったく別の「なにか」に変化しているかもしれない。
目を向けるたびに変化する可能性を秘めているからこそ、娘はその「不確かなもの」に釘づけになっていたのではないかと思います。
他方、私はというとその物体が「ゴミだ」ということに、最初から最後まで微塵も疑いを持ってはいませんでした。
それが「カメっぽく見えた」ことで、子どもの視点に立てた気がしていましたが、娘と私の「ものの見方」には、本質的な違いがあったのです。






