認知症予防の世界では、いま「FINGER研究」と呼ばれる一つの研究が大きな注目を集めている。世界初の大規模臨床試験によって、「認知症を遠ざける5つの習慣」が実証されたからだ。しかし、その5つを詳しく見ていくと、すべての土台になっている「ある習慣」の存在が見えてくる。元オックスフォード大の医学研究者であり、医師としても活躍する下村健寿氏が、その重要性を解説する。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)
※本稿は、下村健寿『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の著者、下村健寿氏による書き下ろし記事です

「認知症」にならない人の共通点。世界の研究が証明した遺伝の力さえ跳ね除ける“予防法”とは?Photo: Adobe Stock

世界が震撼した「FINGER研究」の劇的な効果

認知症の国際的な標準予防モデルとして圧倒的な注目を集めているアプローチがあります。

それが、世界初のランダム化比較試験によって劇的な効果を証明した「FINGER(フィンガー)研究」です。

フィンランドで実施されたこの歴史的な研究では、以下の「5つの領域(5つの指)」を同時に、多角的に管理する「マルチドメイン(多因子)介入」が、認知症予防において効果的であると実証されました。

・栄養指導(食事管理)
・運動プログラムの実施
・認知トレーニングの実施
・社会活動への参加
・血管リスク因子の管理

とりわけ脳を復活させる「運動」の重要性

FINGER研究で提唱される5つのアプローチの中でも、脳の物理的な機能向上において、極めてダイレクトな鍵を握っているのが「運動習慣」です。

私の著書『糖毒脳』の中でも、運動が脳に与える「肥料」のような効果について以下のように書きました。

運動によって脳にBDNFの発現が促されます。BDNFは「肥料」のようなものです。新たな神経細胞になる「タネ」が埋まっている肥沃な土壌である海馬に、BDNFという肥料をたっぷりとかけることで、新たな神経細胞が芽生えて成長していく。(中略)さらにBDNFには細胞の新生だけでなく、脳の中で生き残っている神経細胞同士の「つながり(シナプス)」を増やしたり、そのつながりを強化したりする作用もあります。残っている神経細胞同士の情報伝達の効率を高める「チューンアップ」も行っているのです。
(下村健寿著『糖毒脳』より)

運動によって脳内にBDNF(脳由来神経栄養因子)が発現することで、脳は物理的に強化・再配線され、生まれ持った遺伝的リスクAPOE4すら凌駕する「強い脳(認知リザーブ)」を構築することができます。

運動は「最大の敵」から脳を守ってくれる

さらに、運動の重要性は、単に「脳の肥料を増やす」ことだけに留まりません。

現代人の脳を蝕む「最大の敵」から脳を守るための、極めて実利的な役割も兼ね備えています。

じつは、アルツハイマー病は「第3の糖尿病」とも呼ばれています。糖尿病もアルツハイマー病も、どちらも「糖の過剰摂取によるインスリン分泌の異常」によって起こるからです。

つまり、どれほど「5つの習慣」を重ねても、土台が「糖」に侵されていればすべては砂上の楼閣と化してしまいます。

これが、私が著書で提唱した「糖毒脳」という状態です。

この「糖」という毒から脳を守るための強力な盾となるのが、まさに「運動」なのです。

認知症予防に「もっとも効果的な運動」とは

運動のなかでも、より効果的なのが、「ある特定の筋肉」を狙い撃ちした運動法です。

『糖毒脳』に、このように書きました。

2022年にアメリカのヒューストン大学の研究者たちが、非常に興味深い論文を発表しました。彼らが注目したのは「ふくらはぎ」の機能です。(中略)このなかでもとくに重要なのが、腓腹筋の下に隠れているヒラメ筋です。このヒラメ筋こそ、アルツハイマー病予防の「鍵を握る筋肉」です。(中略)ヒューストン大学の研究者たちは、ヒラメ筋が全身の筋肉のなかで最も効率的に糖を消費できることを発見しました。インスリンの力を借りずにどんどん糖を消費してくれる「スーパー筋肉」なのです。
(下村健寿著『糖毒脳』より)

脳がインスリン抵抗性に陥り、エネルギーを取り込めなくなっている時、この「ヒラメ筋」を稼働させる運動を行うことで、インスリンの分泌を乱すことなく、血中の過剰な糖を驚異的な効率で消費させることができます。

これこそが、脳を「糖の毒」から物理的にレスキューする最強の防衛策なのです。

このヒラメ筋を最も効率的に動かす運動こそが、私たちが日常で行う「ウォーキング」です。

息が軽く切れる程度の早足で、1日30分程度、週に合計150分以上歩く。

この拍子抜けするほど簡単なウォーキングの習慣こそが、グリンパティックシステム(脳のゴミ洗浄機能)を稼働させる深い睡眠を誘い、BDNFという脳の肥料を分泌させ、さらにヒラメ筋を稼働させて脳から糖毒を駆逐します。

これこそが、FINGER研究の「5つのアプローチ」のすべてのベースを支える、最も強力な医学的インフラとなるのです。

いつまでもクリアで冴えわたる未来を掴み、遺伝の運命さえも自分の手で書き換えるために。

私たちはまず、日々口にする「糖」が脳に与える影響を知り、正しい運動と食事の知識を手に入れなければなりません。

愛する人と自分自身の明晰な未来を守るために、まずは「糖毒」から脳を守るための科学的に正しい知識を手に入れてみてはいかがでしょうか。

下村健寿(しもむら・けんじゅ)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。