将来的に5人に1人がなると言われている「認知症」。サプリメントを飲む、脳トレを続けるなど、予防するための習慣を頑張っている人は少なくない。しかし近年、それだけでは十分ではないことがわかってきた。元オックスフォード大の医学研究者であり、「糖と脳」の専門家として知られる医師・下村健寿氏に、世界初の大規模臨床試験で認知機能の改善効果が実証された「世界標準」ともいえる認知症予防プログラムについてお聞きした。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)

※本稿は、『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の著者、下村健寿氏による書き下ろし記事です
「認知症」にならない人の共通点。フィンランドの「FINGER研究」が証明した“効果的な予防法”とは?Photo: Adobe Stock

1つの方法では、認知症対策には限界がある

「物忘れを防ぐために、特定のサプリメントを飲み始めた」
「脳のために、毎日パズルや脳トレゲームをしている」

いつまでも冴えた頭を保つために、こうした「一つの習慣」に頼っている人は多いでしょう。

しかし、複雑な原因が絡み合って発症するアルツハイマー病に対して、単一の予防アプローチをいくら重ねても、その効果には限界があることが近年の研究でわかってきています。

そうした中、世界の予防医学の常識を覆し、国際的な標準予防モデルとして圧倒的な注目を集めているアプローチがあります。

それが、世界初のランダム化比較試験によって劇的な効果を証明した「FINGER(フィンガー)研究」です。

フィンランドで実施された歴史的な「認知症予防プログラム」

フィンランドで実施されたこの歴史的な研究は、認知症の高リスク高齢者1,260名を対象に、これまでにない包括的なプログラムを実施しました。

彼らが実践したのは、特定のサプリメントを飲むような単純なものではありません。

以下の「5つの領域(5つの指)」を同時に、多角的に管理する「マルチドメイン(多因子)介入」です。

・栄養指導(食事管理)
・運動プログラムの実施
・認知トレーニングの実施
・社会活動への参加
・血管リスク因子の管理

この5つの要素を同時に2年間コントロールした結果、得られたデータは従来の医学界の予測を遥かに超えるものでした。

世界が震撼した「FINGER研究」の劇的な効果

健康アドバイスのみを受けた対照群と比較して、この包括的プログラムを実施したグループは、全般的な認知機能の向上率が25%以上も上回ったのです。

さらに、実生活のパフォーマンスに直結する個別の能力においては、驚くべき改善差が実証されました。

具体的には、情報処理の俊敏性や、突発的な事象への反応速度を示す「精神運動速度」において、対照群と比較してなんと+150%もの向上が確認されました。

また、日常生活における計画立案、優先順位の決定、マルチタスク管理を司る「実行機能」においては+83%、新しい情報の保持や詳細な記憶の想起に関わる「複雑な記憶タスク」においても+40%という、圧倒的な向上差が証明されたのです。

遺伝(リスク家系)の運命さえも「生活習慣」で書き換えられる

この研究において、さらに医学界を驚かせた事実があります。

それは、アルツハイマー病を発症する強力な遺伝的リスク因子として知られるAPOE4を持つキャリアの参加者に関するデータです。

生まれ持った遺伝的リスクが高い人々であっても、この多角的な生活習慣のコントロールを行うことで、リスクを持たない人々と同等、あるいはそれ以上の強力な認知機能保護効果が認められたのです。

「遺伝だから仕方がない」という諦めは、もはや過去のものです。

正しい多角的なアプローチを継続すれば、生まれ持った運命のシナリオは、自分自身の手で十分に書き換えることができるのです。

下村健寿(しもむら・けんじゅ)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。