そして、とてもモテていた。誘惑される看護師たちはみんな嬉しそうで、ナースセンターでもいつもちやほやされていて、医師たちの中でもいちばん人気のようだった。まだ30代前半くらいで、顔もなかなかだし、背も高く、自信のある態度で、高そうな赤い車に乗っていた。

 のちに、私がドストエフスキーの本を病室で流行らせたときに、それを知ったこの医師は、「ドストエフスキーを読むような学生とは知らなかった。申し訳なかった」とあやまった。

 これもまた驚いた。

 ドストエフスキーを読んでいたら、あやまるのか?真面目そうだからということ?あやまるということは、やはりひどい仕打ちをしていたのかと、それもぞっとした。

「普通、麻酔するんだけど、いいよね」と、麻酔なしで腕の血管をメスで切られたり、中心静脈栄養という特別な点滴の管を心臓近くまで通したとき、「普通、ちゃんとできたかレントゲンとって確認するんだけど、いいよね。管が肺に刺さっていると大変なんだけど」と省略されたりしたが、みんな嫌がらせだったのだろうかと、疑心暗鬼になった。

論文のデータ集めのために
モルモットにされた?

 この医師には、さらに大きな恨みがある。この恨みは命にかかわる。

 つくばから東京に移ることになって、病院を替わったのだ。そのとき、これまでの検査データなどをもらって行った。すると、そのデータを見た新しい医師が、すぐに、「こんなに注腸検査をしたらダメだよ!危険だよ!」と言った。

 注腸検査というのは、胃の検査でも使うバリウムを、肛門から大腸の中に入れて、レントゲンで撮影するという検査だ。大腸は長いので(長い人は2メートルくらいある)、1回の検査で撮影するレントゲンの枚数もかなり多い。これを私は1週間か2週間おきくらいにずっとやっていた。

 苦しくてつらかったが、なにしろ初めて病人をやるのだから、検査の回数が適切かどうかなんて、わからない。

「検査しすぎだったんですか?そんなこと知らなくて」と新しい医師に言うと、「これはたぶん、この医師は論文を書こうとしたんだね。それでデータを集めようとしたんだよ。実験台にされてしまったね。こんなに頻回に検査すると被曝量がね……」と後は言葉をにごした。