たとえば、事故や災害などで交通網が混乱したときに走る「代替バス」は、音読みでは「だいたいバス」であるはずですが、現実には重箱読みで「だいがえバス」と発音されることもあります。

 また「化学」を「ばけがく」と、「甘食」を「あましょく」と湯桶読みするのも、「科学」と「化学」、「甘食」と「間食」の同音異義語を読み方によって区別するための工夫でした。

「車幅」を「シャハバ」と
読んだせいで起きた奇妙な誤字

 しかし中にはよくわからない読み方もあり、私は特に「車幅」を重箱読みで「しゃはば」と読むことに強く違和感を感じます。

「幅」の音読みはフクですから、音読みで「シャフク」が正しいと思うのですが、自動車教習所の教科書でも、自動車メーカーのCMでも、そして交通関係の警察でも、これはどうやら「しゃはば」と読むことに統一されているようです。

 私が使っているパソコンに搭載されている日本語変換辞書でも「しゃふく」では「車幅」に変換されず、「しゃはば」と入力しなければ漢字になりません。

図1:工事予告看板※工事予告看板……筆者撮影 拡大画像表示

 しかし同じ漢字を使う「幅員」は、音読みで「フクイン」と読まれます。

「広さ」という意味で使われる「幅員」は、実は中国最古の詩集である『詩経』にある「長発」という詩(成立はだいたい紀元前1000年前後)に見える、非常に古いことばで、原文には「幅隕」とあるのが、やがて「幅員」と書かれるようになりました。

 その『詩経』の注釈によれば「幅」は左右の長さ、「員」は周囲の長さのこととされますが、やがて日本語ではもっぱら道路や橋などの「はば」の意味に使われるようになりました。

 そこまではなんの問題もありませんが、わが家の近所の国道で工事がおこなわれていて、そこに「巾員狭少につきご注意ください」という看板が出ていました(図1)。

「幅員」はだれでも「フクイン」と読みますが、しかし「車幅」は「幅」を「はば」と読むものですから、同じく「はば」と読む「巾」と「幅」のちがいがわからなくなった人がいたようですね。この看板はおそらく「幅員狭小」と書くつもりだったのを書きまちがったものにちがいありません。

 しかし「巾」の音読みは、布巾・雑巾の「キン」ですから、この看板は「キンインキョウショウ」と読まねばならないことになります。

「車幅」が重箱読みで「しゃはば」と読まれるようになったのがいつからなのかはわかりませんが、その慣用的な読みが社会に定着した結果、「巾員」という珍妙な表記が生まれました。

『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』書影漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(日本漢字能力検定協会編、マガジンハウス)