政務公使として北京の日本大使館に勤務していた2011年頃、ある中国政府系シンクタンクの日本研究者が、半ば冗談めかした口調ながら、しかし目は笑っていない表情で私にこう言い放った。「中国としては対米政策を調整すれば、日本はついてくると考えている。かつては日米間の外交政策上の違いを分析する研究もあったが、今では下火だ」
つまり、今や日本は中国の対米政策上の従属変数でしかないという意味であり、言い換えれば、日本外交には独自の戦略がなく、その外交姿勢は対米追従でしかない、と言っているようなものである。私はすぐには言葉を返せなかった。
その言葉には、日本への侮蔑と、同時に警戒が入り混じっていた。もちろん、日米間の外交政策の相違を探る研究を中国側がしていることには、日米離間を狙った意図があることにはすぐ気づいた。しかし、もはやそれすら必要とされていないという点に、日本外交の「戦略の不在」という事実を突きつけられた思いがしたのである。
「今この瞬間の炎上」が
長期戦略を押し流していく
日本外交は長らく、長期的な国家構想を描く発想が乏しかった。なぜなら、
・目の前の個別問題への対処(いわば「モグラ叩き」型問題処理)
・国内世論・内政との折り合い
・日米同盟への政治的・精神的依存
・「平和国家」イメージへの過度な傾斜
などに引きずられていたためだ。
たとえば、2010年9月に発生した尖閣諸島沖中国漁船衝突事件への対応でも、当時の民主党政権は短期的対応に追われた。「今この瞬間の炎上」を恐れるあまり、長期的な日本の主権が傷つくことを顧みず、中国の反発を最小限に抑えるために目先の弥縫策に終始したのである。私は中国・モンゴル課長(以下、中国課長)として近くに居合わせ、やるせなさと憤りを感じた。
2012年のいわゆる尖閣「国有化」問題においても、民主党・野田佳彦政権は情報管理を含め、稚拙な対応に終始した。この事案の嚆矢となったのは、石原慎太郎東京都知事による尖閣購入構想であったが、これは結果として、事態の悪化を招くこととなった。石原都知事の政治的意図は理解できるとしても、外交的反作用まで織り込んだ国家戦略としては拙いと言わざるを得ない。石原都知事が主張するような対応(たとえば公務員の常駐や灯台や船泊の整備など)は、政府がはるか以前に、静かに、計画的に行うべきであった。







