だが、この回答には首を傾げたくなる。なぜならば、この制度を要望する際、経済産業省は教育訓練と賃金上昇には相関があると分析した論文を根拠として提出しているからだ。論文があるならば、論文で示された方法で効果検証をすることができるではないか。
経産省が提出した論文で
会計検査院が効果を検証した
そこで、会計検査院は、経済産業省が教育訓練費上乗せ制度を要望した際に提出した研究論文を用いて効果検証を試みることにした。
まず、データを次のように入手した。教育訓練費上乗せ制度が適用された法人のうち、企業活動基本調査(経産省所管)および電子申告(国税庁所管)から、データを取得できた大企業延べ1259法人及び中小企業者等延べ1860法人を分析の対象とした。
先の論文に示された回帰計数を用いて機械的に効果を算出した。この「機械的に」がポイントである。あくまでも経産省が自ら提出した論文に即して教育訓練費による賃上げ効果を算出したのだ。
経産省が提示した論文とまったく同じ方法を用いて分析をすることで、「定量的に測定することが難しい」という経産省の言い分に対して、「いや、そうではないでしょう。できますよね」と反論を示すことになるからだ。
分析結果から得られた教育訓練による賃上げ効果に基づき税額控除額を算出し、実際に適用された税控除額と比較した。
図表4-34は、論文に基づいて会計検査院が計算した税控除額と実際に控除された税額を比較したものである。
同書より転載 拡大画像表示
濃いグレーの棒グラフは、実際に控除された税の控除額で、薄いグレーの棒グラフは会計検査院が論文に基づき試算した控除額である。
『税金はどこへ行くのか 元会計検査院長が見た「日本の財政」』(田中弥生、講談社)
大企業、中小企業ともに濃いグレーの棒グラフ、すなわち実際に控除された控除額の方が大きい。つまり、経産省が主張したような効果は上がっておらず、結果、税額控除が過大になっていたのだ。過大と試算された税控除総額は157億6871万円にのぼっていた。
賃上げ税制・教育訓練費上乗せ制度は、適用条件となる支出(教育訓練費増加額)と減税対象となる支出(給与増加額)が異なっており、ほかに例のない制度である。これが、制度の歪みをもたらした原因になっていたと思われる。
また、教育訓練費上乗せ制度は、税控除に見合うだけの賃上げ効果をもたらしていない。換言すれば、教育訓練費上乗せ制度は、政策目的(賃上げ)の達成手段として適切でないおそれがある。
なお、この報告は2025年1月に公表されたが、同年12月に与党税制大綱が発表された。この中で、教育訓練費上乗せ制度は、会計検査院の指摘に基づき廃止すると明記された。会計検査報告が制度の廃止につながったのだ。







