大航海時代、ヨーロッパの船乗りたちが直面した最大の課題は「水や食料の腐敗」だった。冷蔵庫もない時代、長期間の航海に耐え、過酷な環境を味方につけて誕生した奇跡の飲み物がある。海を渡るための知恵と偶然が重なって生まれた、国家戦略級の飲み物の裏側とは? ワイン専門家である水上彩の著書『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』から、世界史のロマンを感じる至高の一杯について紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

【世界史の教養】大航海時代を支えたすごい飲み物・ベスト1Photo: Adobe Stock

長期の航海を乗り切るための「保存料」

 大航海時代、世界中の海へ漕ぎ出したヨーロッパの船乗りたちにとって、水や食料の腐敗は死活問題だった。

 そんな過酷な長旅を乗り切るために生み出されたのが、ワインに「ある工夫」を施した特別な飲み物だ。

 ワインコラムニストの水上彩氏も、著書『ワインの世界地図』の中で、その合理的な仕組みについて次のように述べている。

ポルトガルと聞いてまず思い浮かぶのは、ポートワインマデイラ酒ではないでしょうか。これらはスペインのシェリーと並ぶ世界三大酒精強化ワインです。
「酒精強化(フォーティファイド)」なんて漢字を見るとなんだかいかつくて難しそうですが、仕組みはシンプル。
ワインの発酵途中や発酵後に、アルコール(酒精)という名の「保存料」を添加して、度数を高めたお酒です。この「強さ」があるからこそ、冷蔵庫もコンテナもない時代に、海の長旅にも耐えられたのです。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 アルコール度数を高めることで腐敗を防ぐというシンプルな知恵が、大航海時代を支える原動力となったのだ。

過酷なストレスが「奇跡の味」を生む

 さらに驚くべきは、当時の船の環境という「強烈なストレス」が、ワインを世界最高峰の芸術品へと昇華させたことだ。

 水上氏は、ポルトガル・マデイラ島で造られるワインの奇跡的な誕生秘話について、こう解説する。

特にマデイラは、過酷な航海による揺れと、熱帯の海を越える熱が特有の風味を生み出すことから、「海が熟成させるワイン」として珍重されました。
大海原を渡る交易にまつわる知恵と偶然が、ワインに「永遠の命」を吹き込んだのです。
ポートもマデイラも、その気になれば100年以上の熟成に耐え抜くことができる悠久の時を旅するワインです。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 赤道直下の強烈な熱気と、絶え間ない船の揺れ。

 普通のワインなら完全に腐ってしまうような最悪の環境が、逆に100年も長持ちする不老不死の銘酒を生み出したのである。

大英帝国の覇権を支えた「戦略物資」

 100年以上も劣化しないこの魔法のような飲み物は、やがて世界の歴史をも動かすことになる。

 著者は、酒精強化ワインが持っていたもう一つの顔について、次のように締めくくっている。

何よりこれらは、大航海時代に開拓された航路をたどり、世界中に覇権を広げた大英帝国の商人や将校たちの喉を潤した、国家戦略級の飲み物でした。
――『15か国・地域を飲んで旅する ワインの世界地図』より

 世界中の植民地へ赴くエリートたちの厳しい航海を支え、時には外交の潤滑油としても機能した至高の一杯。

 グラスに注がれた琥珀色の液体には、世界の海を制覇した男たちの途方もないロマンと野望が溶け込んでいるのだ。

水上 彩(みずかみ・あや)

ワインジャーナリスト/コラムニスト
1986年生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。お茶の水女子大学理学部卒業後、大手通信企業を経てワイン業界へ。世界最大のワイン教育機関WSETが認定する、国内でも取得者の少ない最難関資格「Level 4 Diploma」を保持。
『Forbes JAPAN』オフィシャルコラムニストとして、ワインをビジネスや文化の視点から紐解く一方、国内外の産地を精力的に訪問し、ストーリーを丁寧に紡ぐ執筆活動を展開。スーパーで手に入るデイリーワインからハレの日の1本まで等しく愛し、初心者目線の解説に定評がある。また、茶道や着物を日常に取り入れたライフスタイルを実践し、ワインと日本の美意識を交差させた独自の楽しみ方を発信している。趣味はアルゼンチンタンゴ。