会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』から、「絶望の海で食べた驚きの食事」についてライターの小川晶子氏が特別レポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
Photo: Adobe Stock
「はじめて食べた」勇敢な人
小学生の息子と食事をしているとき、「はじめて食べた人」の話になることがよくある。
警戒心が強いけれど食いしん坊の息子は、食べ物をまじまじと見ながら「人間は、なぜこれを食べてみようと思ったのだろう」と不思議がる。
そう言われてみれば、ウニをはじめて食べた人は勇敢だなぁ。
私たちは知っているから「美味しそうだ」と思うが、知らなければ怖いだろう。
なかには毒のある植物や生物も存在する。
「はじめて食べた」勇敢な人たちの中には命を落とした人も無数にいるはずだ。
「食文化をつくってきた先人たちに感謝だねぇ」という話になる。
食べるものがなければ「とりあえず食べてみる」?
もちろん、そんな会話ができるのは私たちが食べるのに困っていないからだ。
スーパーに行けばあらゆる食材が売っている。
「物価が高くなって困ったね」と言ったって、本当に食べられないわけじゃない。
豊かな現代の日本に住んでいれば、飢えることはまずない。
もし、何も食べるものがなく、空腹で狂いそうな状況だったら、どんなものも「とりあえず食べてみよう」と思うだろう。
生きるために、食べなければならない。
ウミガメを生で食べる
そう思ってはいたが、『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)を読んで少なからず衝撃を受けた。
本書は、イギリス人夫婦が太平洋で船を失い、救命ラフトとゴムボートで118日間も漂流したというノンフィクションだ。
食料が底を尽いた頃、つかまえて食べることにしたのはウミガメである。
最初は生き物を殺したくないと思っていたふたりだったが、状況は切迫していた。
大きなカメが勢いよく救命ラフトに体当たりしてきたとき、夫のモーリスと妻のマラリンは間髪を入れずカメの足を一本ずつ持って海から引き上げ、ボートに放り込んだ。
とうとう動脈を切断することに成功し、大量の血がマラリンの腕に飛び散る。首の下に置いたボウルはすぐにいっぱいになった。
──『極限の漂流118日間』より
すごい臨場感である。
こうしてふたりはカメの肉を食べた。火を起こすことができないので、生でそのまま食べるのだ。
この後、ふたりにとってウミガメは貴重な食料となった。
脂身、ステーキ、肝臓、腎臓、心臓、そしてメスのウミガメの腹に入っていた卵……。
卵は「厚い膜を歯で破ると濃厚な黄身が口の中に広がり、ねばねばと歯や舌に絡みつく」そうだ。読んでいて、ちょっと目をそむけたくなる。
これが「生きるために食べる」ということなのだ。
本書は、「食べる」ことの真剣さや残酷さ、そうやってつないでいる命の尊さを思い出させてくれる。








