「党内の粛清」から「人民の封じ込め」へ

 現在、習指導部による「反腐敗運動」と、それに伴う大規模な摘発が続いている。だが、ここでの「粛清」は、汚職・規律違反の摘発という公式の名目のもと、結果として党・軍・政府内部の権力構造を大きく組み替えてきた。

 それに対して、今回の出国制限が持つ特徴は、体制内部の人間を排除するだけではなく、必要と判断された人物を国内に留め置くことを可能にしている。いわば、共産党幹部や軍幹部の排除による統制に、人民への封じ込めによる統制が加わったわけである。

 習近平が2012年に最高指導者となって以降、反腐敗・規律違反を理由に処分された党員や公職者は数百万人規模に達しているが、その中心はあくまで共産党員や公職者だった。いま整えられつつある出国管理の装置は、党員にとどまらず、条件次第では一般の中国公民にも及ぶ。

 国家安全を理由とした統制の対象圏が、党・政府内部から中国社会全体へと拡大しつつある。

「先駆者」としての蔡霞氏

 権威主義体制にとって「国外に脱出したインサイダー」の存在は厄介だ。そのことを象徴しているのが蔡霞(さい・か)氏の存在だ。

 蔡霞氏は中国共産党中央党校で党建設を教えていた元教授で、外祖父が第一次国共合作期に入党した革命家庭の出身、いわゆる「紅二代」であり、明らかな中国共産党インサイダーだった人物だ。

 蔡霞氏は当初は習近平に期待した。だが、その期待が次々と裏切られる中で、批判者へと転じた。2020年には、習近平を厳しく批判する音声が流出し、党籍を剥奪され、退職待遇を取り消された。今はアメリカから、中国研究者・政論家として体制批判を続けている。

 党は蔡霞氏を「反共勢力の手先」などと批判したが、彼女の存在が体制にとって厄介なのは、長年にわたって共産党の幹部教育に携わっていたことだった。

 蔡霞氏の事例が示すのは、国外に出た体制内部の人間が、内部で得た知識と国外で得た自由な言論空間を組み合わせたとき、体制にとって極めて厄介な存在になりうることだ。

 習指導部が今回の制度を蔡霞氏のような人物を念頭に作ったわけではないだろうが、習体制において「国外へ出る自由」が大きな政治的リスクになりうる理由を考えるうえで、蔡霞氏の存在は象徴的だ。