中国共産党にとって、革命によって中国を建国したという歴史は、現在の統治を正当化する重要な根拠となっている。だが、その中国近代史をさらに遡れば、政治変革の思想や人脈が国外との接触によって育てられた例が繰り返されてきた。
共産党は、自らがどうやって権力を得たかだけでなく、中国という国家で体制変革がどのように起きてきたかを、誰よりもよく知っている。
だからこそ、「国外で思想を得た中国人が、それを国内へ持ち帰る」という歴史的回路を警戒する合理的な理由を持っているのである。
体制は、自らが政治的正統性の源泉として掲げる「革命」と、その革命を時に生み出してきた国外との思想的接触という2つの要素の間に、深刻な矛盾を抱えている。これが、ここでいう「建国の秘密」の正体である。
習近平が最も恐れる「自由」という武器
清末から今日までを「国外で得た思想が国内へ還流する」という枠組みで見ていくと、そこに習体制が警戒するものの正体が浮かび上がる。
それは「自由」だ。理想を根拠に権力に背く自由、外で思想を得る自由、そして、中国へ向けて語る自由である。一連の国家安全法制と出入国管理の強化は、少なくともその自由を国家が必要に応じて制限できる領域を広げている。
ただし、この「自由剥奪装置」がいつ、誰に対して、どの規模で作動するのかは、条文からは読み取れない。読み取れるのは、その強力な選択肢が権力側に握られたということだけだ。強大な国家権力を持つ体制が、それでもなお、人が外へ出て、思想に触れ、語ることを管理しようとする。その事実自体が、権力が何を警戒しているのかを物語っている。
かつて近代中国の変革思想が日本を経由して育まれたように、いまも日本は中国の人々にとって「自由に思想へ触れられる場」であり続けている。日本にとって重要なのは、中国との人的・文化的交流を通じて、自由な情報や多様な価値観に触れる機会を維持することではないか。
中国当局が中国人の日本への渡航を制限する背景には、さまざまな要因が考えられる。その一つとして、日本で「自由」に触れた中国人が、中国国内の政治や社会のあり方を相対化して見る可能性を、当局が警戒していることも考えられる。日本における表現の自由は、移動の自由さえ奪われつつある中国人にとって根源的な魅力を持ち始めている。
中国の若者にすでに深く浸透している日本のアニメでも、音楽でも、映画でもいい。「人民の自由」こそが、習近平が最も恐れ、今の中国の土台を揺さぶるための私たちが持ちうる最大の武器である。
(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)







