問題は「改革の目的」より
「移行の設計」にある

 ただし、目的に合理性があることと、当初案の設計が最善だったこととは別問題である。特に難しいのは、既存会員の扱いである。過去に多く搭乗し、時間と費用をかけて条件を達成した顧客に対して、新たに年間300万円のカード決済を求めれば、「飛行機の利用によって得た資格が、買い物の金額で再評価されるのか」という疑問が生じる。

 カード決済額は測定しやすく、毎年判定できるため、効率的な選別基準である。しかし、測定しやすい指標が、ANAにとって本当に大切な顧客を正確に表すとは限らない。搭乗頻度、長年の利用、カード決済、ANAの各種サービスの利用など、顧客との関係は本来もっと多面的である。

 また、改革の効果を急ぐほど、これまでの制度を信頼してきた顧客との関係を傷つける可能性が高まる。新規会員から段階的に適用する、既存会員には十分な経過措置を設ける、搭乗実績と決済額を組み合わせる、複数の達成経路を用意する、といった方法も考えられる。重要なのは、批判を受けたから改革をすべて撤回することでも、経営合理性を理由に当初案をそのまま押し通すことでもない。顧客の期待を尊重しながら、混雑を緩和して体験価値を回復する制度へ修正できるかが問われている。

ANAは「質と量」を
どう両立するのか

 前回のアメリカン・エキスプレスの事例では、顧客の間口を広げながら、コンシェルジェに象徴される体験の質をどう維持するかを考えた。ANAのSFC改革は、同じ問題に逆方向から取り組むものだと言える。増えすぎた顧客を一定の基準で選別し、限られた顧客へ質の高い体験を提供し直そうとしているからである。

 この意味で、ANAの改革は経営学的に見ればそれほど悪くない。少なくとも、上級会員制度の混雑と価値低下を放置するより、質を守るために制度を見直そうとした点は評価できる。サービスの希少性を回復し、差別化を維持するという目的には合理性がある。

 しかしながら、サービスの価値は企業だけで決められるものではない。顧客が長年の利用を通じて抱いてきた期待も、体験価値の一部である。その期待を無視して制度を変更すれば、ラウンジの混雑は減っても、企業への信頼という別の価値を損なうかもしれない。

 ANAは、多くの顧客の声を受け、当初の改定内容を見直すとしている。では、同社は何を残し、何を変えるのか。対象を絞るという改革の目的を維持するのか、基準や経過措置を修正するのか、あるいは供給能力の拡大と組み合わせるのか。

 顧客の声を受けて改定案を見直すのであれば、ANAが最終的にどのような判断をし、サービスの質と顧客基盤の量とのバランスを取るのかが注目される。その選択は、上級会員制度だけでなく、成長と体験価値の両立に悩む日本のサービス産業にとっても、重要な事例になるだろう。

(早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 長内 厚)