アメリカン・エキスプレスは“体験価値”を拡大できるか?「量と質の両立」が要となる顧客拡大策の行方決済機能だけではなく、顧客体験を価値の中心に据えてきたアメリカン・エキスプレスの挑戦とは(写真はイメージです) Photo:PIXTA

サービス産業が直面する「量と質」の問題

 サービス産業において、事業の成長とサービス品質の向上を同時に実現することは、決して簡単ではない。製造業であれば、設計した製品を同じ品質で大量に生産することが、規模の拡大につながる。これに対してサービスは、顧客と従業員が接するその場で生み出される部分が大きく、同じ仕組みを用意しても、担当者の判断や顧客の状況によって結果が変わる。

 顧客が増えれば、企業はより多くの売上を得られるだけでなく、サービス拠点や人材、教育へ投資する余力も持てる。したがって、量的拡大そのものは、サービス産業にとって必要な成長である。しかし、情報の粘着性が高く暗黙知的なサービスのノウハウは、量的拡大の中で共有が難しい知識である。単純に量的な拡大をすれば、サービスはマニュアル化し、一人ひとりの事情を丁寧に理解し、柔軟に応じることは難しくなる。

 つまり、より多くの顧客へ効率よくサービスを届けることと、それぞれの顧客に対して効果的できめ細かな対応を行うことの間には、しばしばトレードオフが生じる。量を増やしながら質も高めるには、単に顧客の間口を広げるだけでなく、サービスを支える人材や組織能力も同時に拡張しなければならない。これは本稿で取り上げるクレジットカードに限らず、ホテル、旅行、医療、小売り、コールセンターなど、人を介して価値を提供するサービス産業に共通する経営課題である。

 今回はこの効果と効率のトレードオフを考える具体例として、アメリカン・エキスプレスを取り上げたい。同社は長年、決済機能だけではなく、コンシェルジェをはじめとする顧客体験を価値の中心に据えてきた。一方、近年はプラチナ・カードの間口を広げ、利用額に連動した特典を拡充することで、会員数と利用額の拡大を図っている。アメリカン・エキスプレスは、量的な成長を、それに見合う体験価値の向上へ結びつけられるかという挑戦のさなかにいる。

 アメリカン・エキスプレスは、その名の通り19世紀に運送会社として設立され、20世紀に入ってからトラベラーズチェックの発行や旅行代理店事業へと多角化した。戦後はクレジットカード事業を本業とし、世界を代表するプレミアムブランドの一つへ成長してきた。

 クレジットカードの基本的な機能は、買い物やサービスの代金を決済することである。しかし、決済が滞りなく行われることは、いまや顧客にとって当然の前提になっている。そのため、年会費やポイント還元率といった、目に見える条件がカード選びの基準になりやすい。

 アメリカン・エキスプレスが長年追求してきたのは、こうした目に見える機能的価値だけではなく、それを超える体験価値である。同社は「世界最高の顧客体験」を重視し、旅行、食事、買い物など、カードを使う場面の前後まで含めて顧客を支援してきた。代表的な存在がコンシェルジェ・サービスである。顧客の希望を聞き、状況に応じた提案や手配を行うことで、カードを単なる決済手段から、日々の体験を支えるサービスへ変えている。

 ここに、アメリカン・エキスプレスという企業を考える面白さがある。同社が提供しているのは、決済の利便性だけではない。顧客が「このカードを持っていてよかった」と感じる瞬間そのものが、商品価値の一部になっているのである。