彼はまず、罠が結びつけられた木の枝をへし折りました。そして子どもを地面に下ろすと、驚くべきことに、その手で器用にワイヤーをゆるめ、罠そのものを外したのです。

 私は言葉を失いました。ベートーベンは罠の構造を理解していたのです。

 それだけではありません。罠の構造を理解していたうえで、自分がどういう行動をすれば、罠を外すことができ、仲間が苦痛から逃れられるかまでもわかっていたのです。

 これこそ、自分が手を差し伸べることで「状況がどう改善するか」を理解できる認知能力であり、シンパシー(同情)の感情による行動にほかならないでしょう。

 同じような行動はゴリラ以外の類人猿でも見られることが報告されています。スウェーデンの動物園で、子どものチンパンジーの首にロープが巻き付いて苦しそうにもがいていたときのこと。最年長のチンパンジーがやって来て、子どもを抱きかかえ、首からロープを外したというのです。

 彼らは客観的に状況を見つめ、「今、自分がどう手を差し伸べるべきか」を判断することができるということです。

 こうしたことから、ゴリラやチンパンジーを含めた類人猿には、目の前で起きている出来事を客観的に見つめ、「今、自分がどう手を差し伸べると状況が改善するか」を判断できる確かな認知能力と、仲間を「助けたい」と思う同情の心があることがわかります。

水を浴びせられながらも
人間の子どもを助けたゴリラ

 もう1つ、ゴリラが仲間だけではなく「同じ類人猿でも種が異なる」人間の子どもを助けたという事例も紹介します。

 1996年、アメリカのブルックフィールド動物園での出来事です。

 ゴリラを見ていた3歳の男の子が、うっかり身を乗り出しすぎて、ゴリラたちと観客を隔てていた堀の中に落ちてしまったのです。

 男の子は気を失い、ぐったりとして動きません。騒然とする観客。飼育員たちは興奮したゴリラたちを男の子から遠ざけようと、ホースで水を浴びせました。

 その混乱の中、ビンティという名のメスのゴリラが、水を浴びせられながらも倒れている男の子に近づき、やさしく抱き上げました。そして、飼育員が救助しやすい出入り口のすぐそばまで運び、そっと置いたのです。