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相手の苦しみを察するだけでなく、「どうすれば助けられるか」まで考えて行動する力は、人間だけのものなのか。サルやゴリラが見せた驚くべき行動から、現代人が見習いたいゴリラの「利他の心」を専門家が解説する。※本稿は、人類学者の山極寿一、獣医・海獣哺乳類学者の田島木綿子『ゴリラ・イルカの仲間を信じる力』(青春出版社)の一部を抜粋・編集したものです。
仲間を苦しめるくらいなら
自分が飢えたほうがマシ
サルには「エンパシー(共感)」、つまり相手の気持ちを察する能力は備わっています。しかし、その一歩先にある「シンパシー(同情)」という認知能力については、これまで類人猿以上に特有のものだと考えられてきました。
「シンパシー」とは、たんに相手の痛みを分かち合うだけでなく、「自分がこう動けば、相手の状況がどう改善するか」を論理的に理解し、手を差し伸べる能力を指します。いわば、相手の苦境を救いたいという「意思をともなう優しさ」です。
ところが、1960年代にアメリカで行われたある実験は、サルの心の深淵を私たちに突きつけました。2頭のアカゲザルを別々のケージに入れ、一方のサルが餌を食べるためにレバーを押すと、もう一方の仲間に電気ショックが走るように設定したのです。
すると、レバーを押すことで仲間が苦しみ跳ね回る姿を見たサルは、なんとその後、餓死寸前になるまで12日もの間、けっしてレバーを押しませんでした。
「自分が食べれば、仲間が苦しむ」。その光景に耐えられず、自ら飢えることを選んだサルの姿。そこには、種を超えて共通する、生命としての純粋な「共感」の輝きが見て取れます。
ゴリラが見せた
「仲間を思う心」
サルに「エンパシー(共感)」があることは確かですが、彼らが「レバーを押さないことで状況を変えられる」という明確な改善策まで理解していたかは、まだ議論の余地があります。しかし、ゴリラをはじめとする類人猿の域に達すると、そこには疑いようのない「シンパシー(同情)」が存在します。
それを私が肌身で感じ、衝撃を受けた忘れられない出来事があります。私がフィールドワークで、アフリカ中央部のヴィルンガ火山群でマウンテンゴリラの調査をしていたときのことです。
いくつかの群れで、手や足がないゴリラがいることに心が痛みました。それは密猟者がアンテロープというウシ科の動物を捕るために仕掛けた、木の枝に結び付けた罠による犠牲です。
一度罠にかかると、もがけばもがくほどワイヤーが食い込み、ついには手や足が壊死して脱落してしまう。その痛々しい姿を見るたび、私は胸が締めつけられる思いでした。私たちは調査のかたわら、見つけた罠を一つひとつ取り外して回っていました。
そんなあるとき、ふと気づいたのです。私が「ベートーベン」と名づけたシルバーバックが率いる群れには、手足を失った個体がただの1頭もいないことに。
その理由は、ある劇的な光景によって明かされることになります。
罠の構造を理解して仲間を
救い出す「知性ある同情」
ある日、群れが騒ぎ出したので駆けつけると、3歳ほどの子どもゴリラが罠にかかり、悲鳴をあげていました。すると、リーダーのベートーベンが迷わず駆け寄り、泣き叫ぶ子どもを優しく抱き上げたのです。







