胸元に手を当てて立つゴリラPhoto:PIXTA

大きな体躯ゆえに「獰猛な怪物」だと誤解されていたゴリラだが、実はとても繊細で平和主義な動物だということをご存知だろうか。専門家がゴリラの「社会性」「知性」「心」の凄さを解き明かしながら、競争に明け暮れ疲弊している現代人に向けて豊かな生き方のヒントを提言する。※本稿は、人類学者の山極寿一、獣医・海獣哺乳類学者の田島木綿子『ゴリラ・イルカの仲間を信じる力』(青春出版社)の一部を抜粋・編集したものです。

ゴリラは「怪物」!?
100年も続いた人類の誤解

 みなさんは「ゴリラ」と聞くと、何を思い浮かべますか?映画『キングコング』のように、胸を叩いて咆哮し、暴れ回る恐ろしい怪物のイメージではないでしょうか。

 19世紀に欧米の探検家に発見されて以来、彼らは「獰猛で野蛮、邪悪な心を持つ獣」だと言われ続けてきました。1860年にロンドン動物園で初めて公開されたときも、重い鎖に繋がれ、地下の檻に厳重に閉じ込められていたんです。

 驚くべきことに、その偏見のせいで、動物園でオスとメスを一緒にすることさえ「危ない」と禁止されていました。だから、動物園で初めてゴリラの赤ちゃんが生まれたのは、公開からなんと100年後の1960年のこと。そんな悲しい歴史が、つい最近まで続いていたんです。

ドラミングは
「威嚇」ではない

 その誤解の象徴が、有名な「ドラミング」です。二足で立ち上がり、ポコポコポコ!と胸を叩く。あれを「戦いの合図」や「威嚇」だと思っている人は多いでしょう。

画像:ゴリラのドラミングは威嚇ではなく対等な立場を求める意思表示の意味合いがある。(写真提供:山極寿一)ゴリラのドラミングは「威嚇」ではなく「対等な立場を求める意思表示」の意味合いがある。(同書より転載)

 でも、私は群れの中で彼らと同じ目線に立って、背中越しにその姿を何度も観察してきました。

 すると、あることに気づいたんです。「これ、戦うための姿勢としては弱すぎないか?」と。あんなふうに無防備に立ち上がって胸を叩いていたら、相手に飛びかかられていっかんの終わりです。実際、本気の喧嘩のときは、彼らは無言でガシッと組み合い、頭や胸や肩口に咬みつくんですね。ドラミングなんて悠長なことはしません。

 では、なぜ彼らは胸を叩くのか。ドラミングは、ゴリラが自己主張するときや、興奮したり好奇心を抱いたりしたときに見られます。ようは「俺はここにいるぞ」「俺は今の状況に納得してないぞ」という、対等な立場を求める意思表示なんです。

 もっと言えば、「これ以上近づいたら喧嘩になっちゃうから、お互い離れようぜ」という、平和的解決のためのサインなんですよ。しかも、うれしくて興奮したときや、好奇心を燃やして遊ぶときなどにも胸を叩きます。ドラミングは人間の言葉のように、離れて意思表示をするコミュニケーションなんですね。

あえて「勝ち負け」を
つけないことで平和を保つ

 ゴリラの社会は、徹底した「対等」の社会です。サルの社会は、どうしても序列を作り、勝ち負けをはっきりさせようとします。でもゴリラは違う。あえて勝ち負けをつけないことで、群れの平和を保っているんです。

 ドラミングは、戦うための宣言ではなく、いわば「平和への招待状」。「俺もあんたも対等だ。だから争うのはやめよう」という宣言なんですね。

「獰猛な怪物」だと思っていた相手の胸の内を覗いてみたら、実はとても繊細で、平和主義な紳士だった……。

 これこそまさに、最高の「ギャップ萌え」だと思いませんか?