それが地理的格差です。雪国の越前を拠点とする勝家にとって、冬は大きな足かせでした。雪によって街道が塞がれ、人や物資の輸送が困難になるなど、動きが制限されてしまうからです。

 こうした雪国の不利を見越したように、秀吉はその隙に美濃や近江を手中に収めてきました。

 地の利に恵まれていた秀吉。戦前の時点で、かなり運に恵まれていたといえるでしょう。

勝家に千載一遇の好機到来
戦端がついに開かれる

 業を煮やした勝家は、春を待たず挙兵。近江に向けて越前を発ったのは3月12日ごろでした。およそ3万といわれる兵を率いて近江に到着すると、玄蕃尾城(げんばおじょう)を本陣に布陣します。

玄蕃尾城勝家が布陣した玄蕃尾城跡。堀切、土塁、土橋を組み合わせるなど、土の城として極めて技巧的 撮影:今泉慎一(風来堂)
玄蕃尾城の主郭玄蕃尾城の主郭。周囲の屈曲ぶりから一転、広大な平地 撮影:今泉慎一(風来堂)

 対する秀吉方の兵力はおよそ5万といわれます。長浜城を拠点に多くの砦(とりで)を築き、北国街道を封鎖するように陣を張ります。

賤ヶ岳の戦い布陣図(賤ヶ岳砦・現地案内板より)賤ヶ岳の戦い布陣図(賤ヶ岳砦・現地案内板より) 撮影:今泉慎一(風来堂)

 勝家の狙いは、同時期に挙兵した滝川一益と連携して京に入ること。賤ヶ岳での対峙(たいじ)は、南進したい勝家方と、それを食い止めたい秀吉方、という構図でした。

 軍勢の数では勝家方が不利……でしたが、ここで勝機が到来します。