不利な取引によるコスト増大と末端へのしわ寄せ
連敗を重ねた宋は、最終的に多額の対価を支払う屈辱的な条件で西夏と和平(1044年「慶暦の和約」)を結ばざるを得なくなりました。
問題は、この戦費や講和に伴う莫大な支出(コスト)が、最終的に農民や零細な商工業者への「増税」という形で転嫁されたことです。経営陣の失策による赤字を、末端の従業員や取引先に押し付けたようなものであり、当然ながら民衆の生活は困窮しました。
財政は悪化し、社会全体に不満と不安が蔓延。もはや小手先の対応では済まされない、抜本的な構造改革が急務となりました。
構造改革のリーダー・王安石の登場
国家存亡の危機ともいえるこの厳しい状況下で、改革の旗手として登場したのが王安石です。彼は、硬直化した従来の秩序や既得権益に鋭くメスを入れる、大胆な「新法改革」に着手します。
長い安定期において外部環境が激変した際、過去の成功体験を捨て、古い特権に踏み込む痛みを伴う改革が必要になるのは、国家であれ企業であれ、古今東西共通の真理です。
過去の成功要因(宋の場合は文官統制と平和外交)が、環境変化(西夏の台頭)によって最大の弱点に転じる「サクセストラップ(成功の復讐)」の典型例としてとらえると、より深い学びにつながります。





