孫正義氏孫正義氏 Photo:SANKEI

「話がうまい人」が、必ずしも「人を動かせるリーダー」とは限らない。どれほど優れたビジョンや戦略を持っていても、部下の心に届かなければ、組織は動かないからだ。では、人を動かすリーダーは何が違うのか。孫正義氏のスピーチなどを例に、リーダーに不可欠な「話す力」と、その磨き方を解説する。※本稿は、スピーチコンサルタントの阿部 恵『一目置かれるリーダーの戦略的話し方 アナウンサーが教える言葉を相手に届ける技術』(三笠書房)の一部を抜粋・編集したものです。

「話がうまい人」と
「人を動かす人」は何が違う?

 ある人の話を聞くと、不思議と明るい未来が見える。一方、別の人の話を聞くと、なぜか不安が残る……。

 同じ内容でも、話す人によってそのような差が生まれることがあります。

 誰もが頭に思い描く「一目置かれるリーダー」とは、間違いなく前者でしょう。

 その人の話を聞くと、組織が向かう方向が自然と共有され、腹落ちする。単に話がうまいというのではなく、言葉そのものに人や組織を動かす力が感じられるのです。

 本記事でいう「戦略的話し方」とは、話し方の巧拙を指すものではありません。

 たとえば、トップリーダーが自らの言葉で社員にビジョンを語り、戦略を浸透させ、組織を動かすことで、企業を成長に導く。

 この場合、話す力とはトップリーダーに不可欠な「資質」です。

 なぜなら、リーダーの話が単なる情報伝達ではなく、「社員の行動を引き出すきっかけ」になりうるからです。

 どれほど優れたビジョンや戦略があったとしても、それをきちんと言語化できなければ、部下には1ミリも伝わりません。

 人は、理屈や数字だけで動くものではありません。「なぜそれをやるのか」という意味が納得できて初めて、心と行動が動きだすのです。

「人を動かすリーダーはWHAT(何を)やHOW(どうやって)ではなく、まずWHY(なぜ)を語る」(*注1)と言われます。

 すなわち、WHYを説得力をもって訴えかけるところに、リーダーの「話す力」の核心があるのです。

 この「WHY(大義)」を語る力で、世界を動かしてきたのがソフトバンクグループの孫正義氏です。彼のスピーチの最大の特徴は、社会全体を見渡す視座の高さと、はるか先の未来を語る力にあります。彼は、「30年先」「300年先」という未来のビジョンを繰り返し語ってきました(*注2)。

 孫氏はスピーチの中で「10年後に私はこうする。30年後に我が社はこうなると、バシッと言い切れないリーダーは失格だ」と、断言しています。

 ここに、トップリーダーの本質があるのではないでしょうか。

 未来を語るとは、単なる夢を語るのではなく、組織の判断基準を未来軸で設定するということです。

大ボラに聞こえた?
孫正義氏のスピーチ

 孫氏の側近として、その経営を間近で支えてきた三木雄信氏は、著書の中で孫氏の「有言実行」についてこう述べています。

「目標を口にすることによって不退転の意識が強くなり、自分を追い込むことによって、その目標への取り組みが本格化する。また、口に出すことによって周辺からさまざまな情報が集まってくる。つまり、成功の可能性が高まるのだ」(*注3)と。

 これは、リーダーのスピーチが単なる宣言ではなく、意識を揃え、行動を加速させ、情報と人を引き寄せる「経営を前に進めるための戦略」であることを示しています。

 その象徴的なエピソードが、まだ若き日の孫氏が、たった2人のアルバイトを前に、みかん箱の上に立って熱弁を振るったという、有名なスピーチです。

「私は会社の売上を、豆腐のように一丁(兆)、二丁(兆)と数えるような会社にする!」

 当時は、大ボラに聞こえたかもしれません。

*注1 『WHYから始めよ!』(サイモン・シネック、日本経済新聞出版、2012年)

*注2 ソフトバンクグループ株式会社公式YouTube「ソフトバンク新30年:ビジョン05-ビジョン300年後の世界」より

*注3 『孫正義名語録』(三木雄信、SBクリエイティブ、2011年)