豊田章男氏 Photo:SANKEI
トヨタ自動車の社長を務め、世界的企業を率いてきた豊田章男氏。母校である米バブソン大学の卒業式で彼が行ったスピーチで、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。世界企業のトップは、どのようにして若い聴衆の心をつかんだのか。絶賛されたスピーチの秘密を探る。※本稿は、スピーチコンサルタントの阿部 恵『一目置かれるリーダーの戦略的話し方 アナウンサーが教える言葉を相手に届ける技術』(三笠書房)の一部を抜粋・編集したものです。
卒業生全員に向けて言った
「トヨタの仕事をプレゼント」
アメリカでも大絶賛された、豊田章男氏の母校・バブソン大学での卒業式スピーチ。英語で行われたこのスピーチは、現地の大学生たちからも次々と笑いが起こり、会場は拍手喝采に包まれました。
トヨタ自動車の社長(当時)という、日本が誇る世界的企業のトップが、アメリカの卒業式でまさか大ウケするとは……。
しかし、スピーチの構成、ネタの選び方、笑いを生むタイミング、間の取り方――どれをとっても、相当な準備をして臨んだことがわかるスピーチでした。
この、伝説とも呼べる動画はトヨタの公式YouTube上に公開されており(*注1)、日本語訳も記されていますので、ぜひ一度ご覧ください。
特に印象的なのは、豊田氏の「自己開示の巧みさ」です。
一目置かれるリーダーは、自分の弱さや失敗を隠しません。むしろ、それを自己開示し、笑いに変える力を持っています。
スピーチは謝辞のあと、こんなひと言から始まります。
「卒業後、どんな仕事に就けるのか不安に感じている人もいると思います。まず、その心配事を解決しましょう。皆さん全員に、トヨタの仕事をプレゼントします」
会場は一気に沸き、歓声と拍手が広がります。ここまでわずか30秒。
そして、拍手が落ち着いたところで、豊田氏はポツリとこう続けました。
「ただ、まだ人事部からはOKをもらっていないのですが……」
ここで再び、ドッと笑いが起きます。
まさに、「アイスブレイク」のよい例ですね。意外性のある発言で一気に注目を浴び、期待をもたせ、そして、自らオチをつける。
この30秒で、会場の空気は完全に豊田氏の味方となりました。
ビジネスの現場では、第一印象に関して「3秒・30秒・3分の法則」とよく言われます。人は相手を見て、約3秒で直感的な印象を抱き、30秒でその印象を確認し、3分で「この人は信頼できるか」を決めるというものです。
ドーナツだけが楽しみの
「つまらない人間だった」
最初に抱いた印象が、その後の評価に強く影響するという心理学の「初頭効果(プライマシー効果)」に相当します。
豊田氏のスピーチは、見事にこの法則に当てはまっていました。
会場を見渡し、まさに「3秒で親近感」を、そして、「皆さん全員に、トヨタの仕事をプレゼントします」で30秒。
話し始めるまでは「どんな人だろう」と思われていたでしょうが、一転、「ユーモアがあり、人間味のある人」「このスピーチは面白い」という印象を抱いてもらうことに成功したわけです。
そして、そこから話題は、自己開示へと移っていきます。
「バブソン大学在学中の自分は、寮と学校と図書館を往復する毎日だった」
「英語で授業を受けるだけで精一杯で、友人と遊ぶ余裕もなかった」
「自分は、つまらない人間だった」と、あえて言葉にしました。
あまり話したくない自分の過去だったかもしれません。
しかし、それを正直に吐露する。この「自分を下げる」語りは、「笑い」を生むための重要な仕掛けでもあります。
トヨタ社長という完璧な成功者が語る成功談は、尊敬されることはあっても、聴衆にとっては特別な存在すぎて共感はなかなか生まれにくいものです。しかし、自分の不器用さや劣等感をさらけだすことで、聴衆との距離は一気に縮めました。







