「起業に興味はあるけれど、失敗したら今の生活が崩れそうで踏み出せない」――そんな迷いを抱えている人は少なくないはずです。『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の著者・山口周さんによれば、この迷いは「リスク」という言葉の捉え方そのものに原因があるといいます。ヒントになるのは、特許局の役人をしながらノーベル賞級の論文を書いたアインシュタインの働き方。山口さんに話を聞きました。(構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)

人生を変える時、二流は会社を辞めて挑戦する。では一流は?Photo: Adobe Stock

「一時期にひとつの仕事」という常識の終わり

――今の仕事は安定しているけれど代わり映えがしない、かといって新しいことに挑戦して今の生活を崩すのも怖い……。そんな悩みを持つ人は多いと思います。

山口周氏(以下、山口):今の仕事か起業かという二者択一ではなく、今の仕事を続けながらやりたいことを何でもやってみたらいいと思います。

これまでキャリアは「一時期にやれるのはひとつの仕事」という前提で考えられてきました。しかしリモートワークの浸透で「仕事と場所」の紐付きが解除され、この前提が無効化されつつあります。近い将来、複数の仕事に同時に携わるのが新しい「働き方の当たり前」になるでしょう。

英国の軍人モントゴメリーは「目標を達成するための『複数の選択肢の組み合わせ』を戦略という。ひとつの選択肢しかなければそれは戦略ではない」という言葉を残していますが、これはキャリアにもそのまま当てはまります。

リスクには「上側」もある

――仕事も、組み合わせの戦略があるわけですね。どのような点に注意して組み合わせるのがいいのでしょうか。

山口:有効なのが、投資の世界における「ポートフォリオ」の考え方です。株式や債券などさまざまな資産の集合体を持つことで、リスクとリターンのバランスを最適化することを目指すものです。

仕事のポートフォリオを持つことは、成長の機会、キャリアの多様性、人的ネットワークの構築、リスク分散という4つのメリットをもたらします。人的資本・社会資本・金融資本のすべてにポジティブな影響があるんです。

――リスクとリターンのバランスを意識して仕事を組み合わせるといいということですね。

山口:まず知っておいてほしいのは、リスクのそもそもの意味は「不確実性」であり、「下方にぶれるリスク」だけでなく「上側にぶれるリスク」もあるということです。多くの人は「リスク」と聞くと下方リスクしか思い浮かべませんが、それを排除しようとすれば、人生から「上側に大化けする不確実性」も一緒に排除してしまうことになります。

仕事のポートフォリオを考える際には、「リスクとリターンの性質の違う仕事を組み合わせる」という視点が重要になります。

一方に「安定的だけれども大化けするリスクのない仕事」を持ちながら、片方に「不安定だけれども大化けするリスクのある仕事」を持つ。金融投資の世界で「バーベル戦略」と呼ばれる考え方です。

リスクとリターンには非対称性があるため、うまく組み合わせることで「上側には大化けするリスクがあるけれど、下側には大損するリスクはない」という仕事のポートフォリオを目指すことが可能です。

失うのは「文房具代」、得るものは計り知れない

――具体的にはどのような仕事の組み合わせでしょうか?

山口:典型が、ベルンの特許局の役人として働きながら、余暇の時間で論文を書き、その論文でノーベル賞を受賞したアインシュタインです。理論物理の論文を書くというプロジェクトには、大きな「リターンとリスクの非対称性」があります。論文を書くことで失われるのは、研究に費やした時間と文房具代くらいのもの。一方で、論文が高く評価されれば、得られるリターンは計り知れません。

保険会社に勤めながら画期的な小説を書いたフランツ・カフカ、大手都市銀行の管理職という本業を持ちながら作詞家・音楽家としてヒット曲を次々に生み出した小椋佳も、バーベル戦略の実践者と言えるでしょう。「上側には大化けするリスクがあるけれど、下側には大損するリスクはない」という仕事のポートフォリオは、歴史が証明する通り、十分に可能なのです。