史実はもっと過酷だった…明治に浮上した「看護婦」の問題、その後に起きたこと〈風、薫る第114回〉

「あんたが目の敵にしてるのは、そういう貧しい女たちだ」

 ここで不思議なのは、直美がセツにノータッチで、主にりんがセツと接していることだ。

 第10、11週では直美が母のこともあって、主として看護していた。りんは廃娼運動家に会うため新聞社に駆け込み、シマケン(佐野晶哉)がかなり事実を改変した記事を書き、社会に問題提起をした。

 直美は母のことが解決したからセツに興味をなくしてしまった? これはSNSで話題に上がりそうである。

 助けられた恩を仇で返すようなことをしたという自覚があるらしいセツ。

 りんたちのおかげであれからしばらく好きに生きられたが、女性が一人で生計を立てていくことの困難さにセツも直面していた。漁師町の炊き出し、製糸工場、旅館の女中……といろいろやってはみたものの、学がないためどれもうまくいかない。結局また女郎屋に戻ろうとしたところを寛太に拾われた。

 看護婦は特別な資格はいらず、患者の身の回りの世話をするだけでいいということで続いているようだ。ほんとうはかなりの勉強と技術を磨くことが必要なのだが。

 フユ(猫背椿)やヨシ(明星真由美)がやっていた「看病婦」のような認識で寛太はやっているのではないだろうか。だが、フユたちは長年やっていたこともあって優秀だったが、看病のノウハウを知らず見よう見まねでは評判も悪くなろうというものだ。

 それに、製糸工場や炊き出しや女中が続かなかったセツが、看護婦の仕事を簡単にできるとは思えないのだが……。

 仕事がないが、遊郭では働きたくない。そんな女性たちが藁をもすがる思いでやっているのが、派出看護の仕事だということだ。

「あんたが目の敵にしてるのは、そういう貧しい女たちだ」

寛太の言葉に「やられた」と直美とりんは愕然となる。

「私たちのせいだよね。最低だ」

 いや、りんたちのせいではないと思うが……。でも責任を感じる真面目さは悪くない。

 ちなみに、寛太は巧みに論点をずらし自分のしていることを正当化している。調子のいいやつだ。