2025年に訪日外国人が使った金額は9兆4549億円、前年から16.4%増えた。同じ年の日本のGDP成長率は1.1%だから、経済全体の15倍近い速さである。だがピーター・F・ドラッカーは、経済成長を大きく上回る速度の急成長こそ、その産業の構造が壊れる最も確かな前兆だと、ドラッカー名著集5『イノベーションと企業家精神』に記している。伸びている業界ほど、いまの勝ち方が効かなくなる――その仕組みを問い直してみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 構造変化

その数字は好況の証か

 訪日外国人の旅行消費額は2025年に9兆4549億円に達した。伸び率は前年比16.4%である(観光庁「インバウンド消費動向調査」)。

 一方、同じ年の日本の実質GDP成長率は1.1%だった(内閣府)。経済全体の15倍近い速度で膨らんだ市場、と言い換えてもいい。

 普通なら追い風の数字として読むところだろう。だが『イノベーションと企業家精神』を開くと、正反対の読み方が示されている。

しかし現実には産業や市場の構造は脆弱である。小さな力によって簡単にしかも瞬時に解体する。

――『イノベーションと企業家精神』より

 ドラッカーは、産業の構造が変わる前兆のうち最も信頼できるものとして、急速な成長を挙げる。ある産業が経済成長や人口増加を上回る速さで伸びるとき、遅くとも規模が2倍になる前に、構造そのものがほぼ間違いなく劇的に変わる、と本書は述べる。

 つまり急成長は好況ではなく前兆である。実際、1900年代初頭の自動車産業では売上げが3年ごとに倍増し、その最中に市場の姿がまるごと入れ替わった。

 急成長のさなかに構造が入れ替わる。この現象は、いま最も伸びている市場で観察するのが早い。

お中元が消え、行列ができる

 高級フルーツの世界に目を移してみる。矢野経済研究所は、お中元やお歳暮のような儀礼性の強い贈答について、対象となる顧客層が高齢化し数も減っていることに加え、贈り物をめぐる習慣そのものが変わりつつあることを、業界共通の課題として指摘している。

 大手企業では、儀礼的な贈答そのものをやめる「虚礼廃止」の動きが相次いだ。高級な果物を支えてきたのは、贈るという文化そのものだった。その土台はじわじわと縮んでいる。

 ところが、老舗のフルーツパーラーには行列ができている。並んでいるのは訪日客だ。1万円の桐箱ではなく、3000円のパフェが売れている。

 起きているのは市場の縮小ではなく、贈る果物から、食べる果物への転換だ。同じ果物が、同じ店で、まったく違う商品として売れ始めている。

 そしてこれは、初めての出来事ではない。明治期、銀座の千疋屋では、近隣の外国人居留地から来た客が買った果物をその場で立ったまま食べ始めた。店が便宜を図って椅子とテーブルを店先に置いたことが、フルーツパーラーという業態の起源になったと伝えられている(銀座千疋屋公式サイト)。

 外国からの客が、果物の売り方を変えた。130年あまりの時を隔てて、同じ合図がもう一度鳴っていることになる。

4社が出した4つの正解

 では、構造が変わるとき何が生死を分けるのか。本書が挙げる自動車産業の答えは、直感に反している。

 1906年創立のイギリスのロールスロイスは、車が普通の商品になると見越し、逆に王侯の象徴となる車へ特化した。手作業による生産に戻し、売る相手を爵位をもつ者に限り、熟練工の年収の40倍という価格をつけた。

 ヘンリー・フォードは正反対に進んだ。半熟練工による大量生産で、それまでの最安値の車の約5分の1という価格を実現した。GMを設立したデュラントはあらゆる階層を客とする会社を、イタリアのアニェッリが興したフィアットは軍の将校用車両を選んだ。

 方向はばらばらである。にもかかわらず、4つの対応はいずれも成功を収めた、とドラッカーは明記している。正解は1つではなかった。

60年後に届いた再試験

 1960年代、自動車産業には第二の構造変化が訪れる。市場が国境を越えて一つにつながり始めたのだ。

 この局面でも、答えを出すこと自体を先送りした会社があった。アメリカのクライスラーはメルセデスからの提携の誘いに関心を示さず、資源を小刻みに浪費した末、1979年の石油ショックで追い詰められた。フランスのプジョーも同じ道をたどった。

クライスラーの人間も何が起こっているかは知っていた。自動車産業の人間はみな知っていた。

――『イノベーションと企業家精神』より

 知らなかったのではない。戦略を立てる代わりに一時しのぎに走った、と本書は書く。分かれ目は情報量でも決断の速さでもなく、決めたかどうかだけだった。

 同じ局面で、ボルボは赤字すれすれの小さな会社にすぎなかった。それが「センスのある車」という位置づけを選び、BMWは違いがわかると思われたい層へ、ポルシェは心躍るものを求める人のための唯一のスポーツカーへと自らを定義し直した。3社とも、答えの中身は違っていた。

 そして2020年代、同じ3社に再び試験が来ている。ポルシェは「2030年までに新車の8割をEVにする」という目標を事実上取り下げ、内燃機関とハイブリッドを2030年代後半まで残す方針に転換した。ボルボも「2030年までの完全EV化」を撤回し、達成時期を明示しない形に後退させた。

 一方のBMWは、完全EV化を掲げたことがそもそもない。当初から「2030年までにEV(完全電気自動車)比率を50%以上にする」という目標を据え置いたままで、撤回する局面そのものがまだ訪れていない。

 誰が正しかったかは、まだ誰にも分からない。分かっているのは、構造が変わるたびに同じ問題用紙が配られ、白紙で出した者だけが確実に落ちる、ということだけである。

 産業の話として読んできたが、同じ問題用紙は、いま自分がいる部署にも配られているのではないだろうか。