減税策撤回、首相が辞任したトラス政権
市場の反応で政策を修正したイギリス
イギリスで22年に起きた「トラスショック」では、トラス政権が打ち出した大型減税策が、十分な財源の裏付けを欠くと受け止められ、市場の信認が急速に低下した。その結果、ポンド安と英国債価格の急落、つまり金利の急騰が起きた。
さらに、国債価格の急落が年金基金の運用にも波及し、イングランド銀行が金融市場の安定を確保するために、長期国債の緊急買い入れに動く事態となった。この意味で、トラスショックは単なる金利上昇や通貨安にとどまらず、金融システムの安定にまで影響を及ぼした。
日本の「骨太ショック」は、このような金融システム危機には至っていない。その意味で、規模も深刻度もトラスショックとは異なる。
しかし、財政政策への警戒が強まり、長期金利上昇と通貨安が同時に起きたという点では、両者には共通性がある。
この二つを比べた場合、大きく異なるのは、政権の対応ぶりだ。
トラス政権は、市場の反発を受けて減税策の大部分を撤回し、最終的にはトラス首相自身が辞任した。つまり、市場の反応によって政策そのものが大きく修正されたのだ。
消費税減税や370兆円官民投資を維持の日本
実施するなら財源確保の方法を明示する必要
これに対して高市政権の場合には、「骨太ショック」の直接の要因になった、日銀の利上げをけん制するかのようだと市場が受け止めた骨太方針2026の文案を修正したものの、食料品の消費税減税を重要政策として維持し、秋の国会で実施のための法案を成立させるとしている。
また、もう一つの重点施策である17分野への重点投資(「370兆円の官民投資」)についても、基本的な方向は修正されていない。
それどころか、これに関連する予算要求については、従来の歳出抑制の枠組みである「シーリング」を撤廃する方針が示され、27年度予算全体の概算要求総額も140兆円あまりになる見通しだ。
これまで、新規の政策需要については補正予算で対応することが多かったが、高市政権は重点分野への投資を当初予算にも本格的に組み込む姿勢を示している。これは、一時的な景気対策ではなく、中長期的な政策として積極財政を進めようとしていることを意味する。
市場の反応を受けて政策を撤回したトラス政権と、基本的な政策方針を維持している高市政権とでは、その対応は正反対だ。
もちろん、日本とイギリスではさまざまな条件が異なるため、両者を単純に同一視することはできない。しかし、市場が財政政策に疑問を持ったとき、政府がそれにどう対応するかが、その後の金利や為替レートを左右する重要な要因になる。
高市政権が今後も積極財政を続けるのであれば、単に支出を拡大するだけではなく、将来の財政負担をどのように抑制し、必要な財源をどのように確保するのかを明確に示す必要がある。
市場が問題にしているのは、積極財政そのものというより、その持続可能性だ。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)







