自社の市場シェアは知っていても、顧客が使う金額のうち何パーセントが自社のカテゴリーに向かっているかを知る企業は少ない。ピーター・F・ドラッカーは『明日を支配するもの――21世紀のマネジメント革命』で、この「支出配分」こそあらゆる情報の基本だと説き、20世紀に伸びた4部門のうち余暇だけが縮みうると名指しした。27年後、その予告と符号する動きが出ている。競合を同業他社の外に探す視点を、ここから受け取ってみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

市場シェアは答えられるのに
自社の商品がどれだけ売れたか、市場シェアはどう動いたか。この種の数字なら、たいていの企業がすぐに答えられる。
ところが、顧客が1年間に使う金額の全体を100としたとき、そのうち何パーセントが自社の扱うカテゴリーに回っているのか。答えられる人はほとんどいない。
この落差を1999年に突いていたのが、ドラッカーの『明日を支配するもの――21世紀のマネジメント革命』である。本書はこれを「支出配分」と呼び、経営戦略を組み立てる前提に置いた。
ところが、ほとんどの企業が本当に重要な数字を知らない。すなわち顧客の全支出のうち、自社が提供するカテゴリーの製品やサービスに使ってもらっている割合についての数字である。
――『明日を支配するもの』より
市場シェアは、同じ土俵の相手との比較にすぎない。一方の支出配分は、業種の枠を越えて、顧客の暮らし全体と向き合う数字である。しかも支出配分は、一度落ち着くと長く続き、好不況の影響もあまり受けないという。
20世紀を伸ばした4つの分野
本書によれば、20世紀に伸びた分野は、経済活動そのものではなかった。挙げられているのは、政府、医療、教育、余暇の4つである。
このうち支出配分に最も大きな影響を与えたのは政府だった。政府自身が大量に消費するからではない。国民所得の30~50パーセントを再配分する立場にあるから、家計の使い道が動く。本書はそう説明する。
残る3つのうち、医療と教育については、今後も成長部門であり続けると書かれている。理由は人口構造の変化である。高齢者が増えれば医療は伸び、教育も学校教育から継続教育へと重心を移しながら広がっていく。いずれも、景気がよいから増える、値段が下がったから増えるという種類の伸び方ではない。人が老い、学び直す。そのこと自体が支出を動かしていく。
縮みうるのは余暇だけだ
ドラッカーは、この4つをまとめてこう位置づけている。
さらに、政府、医療、教育、余暇の四大成長部門は、市場経済のものではない。経済学にいう需要と供給の法則に従わず、価格の影響を受けず、経済学のモデルの外にあって、経済学の理論に従わない。
――『明日を支配するもの』より
4つとも、値上がりしたから買い控えるという世界の外側にある。それでいて先進国では、最も資本主義的な国においてさえ、この4部門がGNPの半分以上を持っていく。本書はそう指摘する。
ただし、4部門の先行きは一様ではない。医療と教育は今後も成長するとされる一方、政府の再配分機能はこれ以上大きくは増えないとみられている。そして、衰退の可能性まで書かれているのは、余暇についてだけである。
これに対し、余暇はすでに成熟部門であって、衰退部門でさえあるかもしれない。先進国では労働時間の減少は底をついたとみられる。
――『明日を支配するもの』より
本書はその兆候も並べている。購買力にあたる「時間」をめぐる競争が過熱していること。利益率が下がっていること。映画館とビデオ・レンタルのように、サービス間の差別化が難しくなっていること。奪い合いも値崩れも起きる。4部門のなかで、余暇だけが競争の只中にある。
ゆとり感が消えた2026年
それから27年。日本生産性本部(余暇創研)が毎年まとめている『レジャー白書』の速報版が、2026年7月に公表された。2025年の余暇について尋ねた調査である。
余暇時間と余暇支出のそれぞれについて、2024年より「増えた」と答えた人と「減った」と答えた人の割合の差を示す「ゆとり感指数」が、余暇時間でマイナス0.8、余暇支出でマイナス2.1となった。マイナスに転じたのは、余暇時間では2018年以来、余暇支出では2022年以来である。
前年はいずれもプラスだった。時間も支出も、1年で符号が入れ替わっている。
こうした国全体の動きは、統計をたどれば輪郭が見えてくる。ドラッカーが支出配分を「手にいれやすい」情報だと書いたのも、この水準の話である。ところが、自社のカテゴリーが個々の顧客の財布の何パーセントを占めるかとなると、把握の難易度は一気に上がる。
興味深いのは、意識のほうは大きくは動いていない点だ。仕事と余暇のどちらを重視するかという問いでは、余暇重視派が66.3パーセントとなり、過去最高だった2024年の67.8パーセントからの微減にとどまった。
余暇を大事にしたい気持ちは残っている。それでも、減ったと感じる人のほうが増えている。
取り分を奪っているのは誰か
ここで支出配分という見方が効いてくる。余暇に使う時間とお金が減ったと感じる人が増えたのは、人々が趣味に飽きたからではなく、同じ家計の中で医療や教育が先に場所を取った結果かもしれない。高齢化が進むかぎり、この2つは一人ひとりの好みや決断と関係なく膨らんでいく。
同じ顧客を奪い合っている、という話ではない。医療も教育も、高いからやめる、安いから増やすという調整が働かない。値段で降りられない支出が先に場所を取り、残りが余暇に回る。ドラッカーが4部門を「市場経済のものではない」と書いたのは、この意味においてだろう。
去年より旅行の回数が減ったのだとしても、それは趣味が変わったからとは限らない。何を我慢しようと決めた覚えもないまま、財布の中の順番のほうが先に入れ替わっていた。そういうことは起こりうる。
同じことは、業種を問わず起きているのかもしれない。自社の取り分を奪っているのは、隣の同業他社とは限らない。





