カー用品販売大手イエローハットの創業者・鍵山秀三郎氏は、「掃除を通じて人を育てた人」として知られる。毎朝みずからトイレや道路、排水溝を磨き続けたが、その目的は単に会社をきれいにすることではなかった。小さな汚れや乱れに気づき、見えないところでも手を抜かない――。その姿勢はやがて仕事の質を変え、組織への信頼にもつながっていく。なぜ掃除がビジネスの成果につながるのか。その納得のメカニズムを、書籍『ビジネスメイキング――売上と信頼が積み上がる「仕組みのつくり方」』から抜粋して紹介する。

「こんなことで売上が上がるの!?」イエローハット創業者が“毎朝の掃除”を続けた深いワケPhoto: Adobe Stock

 鍵山秀三郎さんは、カー用品販売大手イエローハットの創業者として知られた経営者です。「掃除を通じて人を育てた人」として記憶されている人も多いかもしれません。経営者が掃除を大切にするという話自体は珍しくありませんが、鍵山さんの掃除はただ会社をきれいに保つためのものではありません。

 企業の現場には、忙しさを理由に見逃されるものがあります。いますぐ数字にならないこと、誰も見ていないこと、少しくらい雑でも怒られないこと。掃除もその一つです。そうしたものは後回しにされても、すぐには困りません。だからこそ放置されます。

 しかし、そうした小さな放置が積み重なると、組織の空気が変わります。見えないところは適当でかまわない、細部は気にしなくてよい、誰も見ていないところで努力しても無駄……、そんな前提が知らないうちに共有されていくのです。

 鍵山さんが掃除を重視した理由は、汚れそのものが問題だったからではありません。汚れを放置しても気にしない、人の状態が問題だったからです。だから、自分が先頭に立って掃除をしました。

 毎朝、社員とともに現場に出て、トイレや道路や排水溝を磨く。しかも、象徴的に少しやるのではなく、本気でやる。汚れが落ちるまでやる。冬の朝なら水は冷たい。それでもしゃがみ込んで、手を濡らして、黙ってこする。そこに手抜きや近道はありません。

 最初は、何のためにここまでやるのか、誰も理解できませんでした。私自身、この掃除の考え方に少し関わる機会がありましたが、当初は違和感を覚えました。こんなことをして売上が上がるのか、という感覚です。
しかし、続けていると、変化が起きます。最初に変わるのは、取引先など周囲の反応や評価ではありません。自分自身の視界のほうです。昨日まで見えていなかった汚れが見えるようになる。乱れが気になるようになる。誰かが雑に置いたものを、そのままにできなくなる。つまり、それまで気にも留めていなかったものが、目に入るようになるのです。

 この変化は、決して小さくありません。なぜなら、仕事の質はたいてい「気に留めずに見落とす」ことから損なわれていくからです。メールの一文の雑さ、資料の甘さ、引き継ぎの不足、言葉の曖昧さ。こうしたものは、一つひとつを見れば小さな乱れにすぎません。しかし、それが積み重なることで、信頼は静かに削られていきます。

 これとは逆の感覚を、掃除は育てます。小さな乱れに気づく。細部に手を抜かない。その感覚はやがて社外にも伝わります。たとえば、顧客が会社を訪れ、トイレを使ったときに「この会社は目につかないところでも手を抜かない」と感じるのです。誰も何も言っていなくても伝わります。

言葉ではなく、行動が信頼を生む

 ここで信頼を生んでいるのは、言葉による説明ではありません。相手が行動を見て、「この会社は安心できる」と感じる「状態」の変化です。つまり、行動が人の見え方を変え、その見え方が信頼を生み、その信頼が意思決定に影響を与えているのです。

 掃除が自分たちの状態を変え、その状態の変化が仕事の質を変え、その質が信頼を生み、その信頼が結果につながる。この順番を見落としてはいけません。この事例が教えてくれるのは、「人を見る」とは、目の前の数字を追いかける前に、「その数字を生み出す人の状態」に働きかける必要があるという点です。

 さらに踏み込んで言えば、鍵山さんが行っていたのは、会社の文化を誰の目にも「見えるような形」でつくることでした。文化というと曖昧に聞こえますが、実際には一つひとつの小さな行動の積み重ねです。どの程度の乱れを許すのか、どこまで丁寧にやるのか、見えないところでどれだけ手を抜かずにやりきるのか。掃除はそれを毎日可視化します。

 経営理念を壁に貼るより、経営者が自ら手を汚して掃除をする姿を見せるほうが、はるかに強く伝わります。行動は嘘をつかないからです。だから、その姿を目にする人たちの状態も変わるのです。

 ここには、営業にとって見逃せない示唆があります。営業はよく、「信頼関係をつくることが大事だ」と言います。しかし、信頼関係は信頼してもらおうとして築けるものではありません。相手に「この人なら任せても大丈夫だ」という状態が生まれた結果として、あとからついてくるものです。

 掃除の事例はこの順番を教えてくれます。先に行動があり、行動が見え方を変える。見え方が安心を与え、安心が信頼を生む。この順番を飛ばして、いくら信頼してほしいと働きかけても、何も変わりません。