定年後は仕事から解放され、自由な時間を思う存分楽しみたい。そう考える人は多いだろう。しかし、時間に余裕ができたからといって、自然と毎日が充実するとは限らない。老後もいきいきと過ごせる人と、どこか物足りなさを感じる人には、どんな違いがあるのだろうか。本記事では、習慣本の超決定版『あきれるほど小さい習慣』をもとに、「充実した老後になる人の特徴」について解説する。(構成/ダイヤモンド社・秋岡敬子)

「充実した老後になる人」の特徴・ベスト1Photo: Adobe Stock

定年後のこと、考えてますか?

 現役時代は、毎日のように誰かから必要とされる。
 仕事を頼まれたり、部下から相談されたり、家族のために何かをしたりする。
「忙しくて大変だ」と思うこともあるだろう。

 しかし、定年を迎えると、そうした役割が一気に減ることがある。
 あなたは、定年後の人生を考えたことはあるだろうか?

いつも忙しない祖父の話

 私の祖父は、定年後もいつも忙しそうにしていた。
 ただし、大きな仕事をしているわけではない。

 近所のお祭りがあれば設営を手伝う。
 知り合いがパソコンで困っていれば見てあげる。
 地域の集まりでは、机や椅子を並べる。

「今日は何するの?」と聞くと、「午後からちょっと手伝いに行ってくる」という答えがよく返ってくる。

 あるとき、「毎日いろいろやっててすごいね」と言うと、「暇だからね。でも『これお願い』って言われると、結構うれしいんだよ」と笑っていた。

 人は、大きな仕事を任されなくても、「自分にできることがある」と感じるだけで、一日の過ごし方が変わるのかもしれない。

「たった1つ」でも意味がある

『あきれるほど小さい習慣』には、こんな話が登場する。

ある朝早く、一人の男が打ち寄せる波を見ながら、海岸を歩いていた。
数え切れないくらいのヒトデが砂浜に打ち上げられ、死にかけていることに気がついた。
その異常な光景にしばし茫然(ぼうぜん)としていると、ふと遠くのほうで若い女が、1つ1つヒトデを拾い上げては海に向かって投げ返す姿が目に入る。
男はその女のところまで近づいていき、こう声をかけた。
「そんなことしたって時間の無駄じゃないか。こんなにたくさんのヒトデがあるのに、そんなことをして、いったい何の意味があるんだい?」
すると、その女は足元にあったヒトデを1つ拾い、思いきり海に向かって投げ返した。
「あのヒトデにとっては意味があったわ」 と言って、足元にある別のヒトデに手を伸ばした。

――『あきれるほど小さい習慣』より

「人の役に立つ」というと、大げさに考えてしまうことがある。

 社会に貢献する。ボランティア活動をする。誰かの人生を変える。

 しかし、そんな大きなことをする必要はない。

 困っている人を少し手伝う。知っていることを教える。家族の代わりに買い物へ行く。

 自分にとっては小さな行動でも、相手にとっては助かることがある。
「あのヒトデにとっては意味があった」のと同じように、たった一人の役に立つだけでも、その行動には意味があるのだ。

充実した老後を送る人は「小さな役割」を持っている

 充実した老後になる人の特徴・ベスト1は、「誰かのためにできる小さなこと」を持っていることだ。

「今日、あの人を手伝おう」
「これなら自分にもできる」
「またお願いね、と言ってもらえた」

 そんな小さな役割があれば、一日の中に目的が生まれる。

 仕事を辞めても、「誰かの役に立てる自分」まで引退する必要はない。

 自分にできる小さなことを誰かのために使う。
 その積み重ねが、「今日もいい一日だった」と思える充実した老後につながっていく。