SNSもグルメサイトもなかった40年以上前、地方で高級フレンチを成功させるのは無謀ともいえる挑戦でした。それでも宇都宮に店を構え、料理の力だけで人を呼び続けた料理人がいます。なぜ客は、わざわざ地方まで食べに来たのか。世界から注目を集める日本の地方のガストロノミーを書いた話題の書『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著)から、抜粋・再編集し、日本のデスティネーションレストランの原点を紹介します。

SNSもない時代から富裕層客がわざわざ訪れた! 栃木にあるすごいレストランとは?Photo: Adobe Stock

知る人ぞ知る、日本のデスティネーションレストランの原点

 栃木県は関東のローカルガストロノミーを語る上で外せない存在です。なぜなら、デスティネーションレストランの先駆けとして知られている「オトワレストラン」があるからです。

 オトワレストランの歴史は、およそ40年前まで遡ります。フランス料理の巨匠アラン・シャペルに日本人として初めて師事した音羽和紀氏は、修業を通して、料理の技術のみならず、生産者の中に身を置くことの大切さを学びました。そのため、ローカルに根をおろし、その土地のテロワールを発信することを決意し、1981年に宇都宮にレストラン「オーベルジュ」を開店。その集大成として2007年に「オトワレストラン」を開業しました。かれこれ40年以上にわたり、この地でフランス料理を提供し続けてきたのです。

 これは当時としては画期的な試みでした。近年であれば、SNSやグルメサイトを通じて個人でも世界観や料理の魅力を発信し、都市から離れた立地でも、わざわざ訪れる価値を打ち出すことは可能です。

 しかし、音羽シェフが店を構えた約40年前は、自己発信のツールは存在せず、PR手段は雑誌や口コミなどに頼るしかありませんでした。それに加えて、地方に高級フレンチを求める客層自体が少なく、「外食=カジュアルな食事処」というイメージも強かったのではないでしょうか。そうした環境の中で、音羽シェフは世界でも通用するクオリティの料理を地元の食材で追求し続け、それを宇都宮という地方都市で40年以上にわたり、見事に継続しているのです。

 つまり、オトワレストランは、流行やシステムに頼らず、料理の力そのもので人を動かすデスティネーションレストランのモデルを築いた稀有な例だということ。音羽シェフはコツコツとそれを継続していったわけですが着実に客を引きつけ、やがて多くの料理人に影響を与え、栃木に食の文化を根付かせる礎となったのです。

 他に栃木では、「まつむら」という天ぷら屋や、「日光グルマンズ和牛」というステーキ屋も有名です。栃木に根付く食文化は、単なる地方のグルメではなく、日本におけるローカルガストロノミーの先駆的事例そのものです。歴史、風土、人が織りなす「食の風景」を感じに、栃木を訪れてみてはいかがでしょうか。

*本記事の情報は、本書の発売時(2025年10月)のものになります。